恋と窓シリーズ------恋と窓の進化形 -10,000hit 記念-

恋と窓シリーズ

恋と窓の進化形 -10,000hit 記念-

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04

「あ、あの…」
俺の小さな声に、それでも叶は反応よく顔を上げた。けれど、視線があったのは一瞬で、すぐさま逸らされる。叶はフイと首を巡らせ背を向けた。
「ごめん…」
らしくなくぼそぼそとそう言って、そのまま部屋を出て行ってしまう。
「叶……っ」
その後ろ姿に胸が冷えた。今までは喧嘩の後、仲直りしようと歩み寄るのはいつも叶の方で、だからこうして露骨に避けられるのは初めてで―――。
――叶……。
今日何度目かしれない……、途方に暮れてしまう。
どうしたらいいんだろう。とりあえず陣野がここに居た(しかも半裸で…)経緯を話した方がいいんだろうか――。でも、まさか陣野とキスしてイッてしまいましたとは言えないし、もし話したとして、それが俺にとっては不可抗力でも叶に浮気だと捉われてしまえば真っ向から否定できない。とはいえ、アレを抜かなければどうにかなってしまいそうな状態だったし、叶の帰りを待つ余裕なんてなかったし―――。
――やっぱり無理してでも自分でやればよかったのかな……。
そう思ってみても、果たして震えの止まらぬ手でできたかどうか……、自信がない。
結局あの時どうしたって陣野の手を借りるしかなかった。
不意にじわっと涙が浮ぶ。
「このまま別れなきゃいけない――?」
そう思うと、俺は居ても立ってもいられなくなった。バサッとシーツを撥ね退け、そこで何も履いていなかったのを思い出し、慌ててパンツを引っ張り上げる。落ち着いたところでベッドに座り直して腕や足を動かしてみれば、少し横になっていたせいか体の調子も随分戻ってきていた。恐る恐る立ち上がってみても眩暈は起こらない。
俺は椅子や棚に手をつきながら、叶を探して部屋を出た。
「叶…?」
呼びかけても返事はなく、姿も見当たらない。リヴィングはしんと静かで何の気配もなかった。
外に出た感じはなかったけれど……。
変だなと思いつつ叶の部屋に目を向ければ、そのドアが少し開いていた。
もしかしたら寝ているのかもしれない。
俺は僅かな期待を持ってドアを向こうへ押しやった――。
「か、なえ…」
姿がそこにあるというだけで、ほっと力が抜けて膝が崩れそうになった。
……ここにいた―――。
叶はベッドに俯いて腰かけていた。名前を呼んだのが聞こえていなかったのか顔を上げず、膝に置いた手を組んで、額に押し当てていた。
「叶」
もう一度呼んでもじっとそのまま動かない。
「さっきはごめん……」
謝罪の言葉に、はっと叶の体が揺れた。
顔がゆるゆる上がる。
「――え…」
虚を突かれた。
―――叶が泣いて…る……?
「晴季……?」
幾筋もの涙が叶の頬を伝った。雫がほろほろ落ちてフローリングに濃い染みをつくる。
あまりに悲しみを湛えた幼い様子に胸をつかれた。
「叶ごめん、ごめん…っ」
俺は勢い余って縺れるように叶の傍に駆け寄った。叶の膝の前に屈んで、下から掬うようにその体を抱き締める。けれど、叶の腕はだらりと下に落ちたまま、俺を抱き返してはこない。それが、叶の悲しみや怒りを表しているようで……、俺は怖くなってさらに抱く腕に力を込めた。
「ごめん…」
そのひと言にせいいっぱい自分の思いを込める。
こんなにも叶の心を傷つけているとは思わなかった。ただ叶を怒らせているという恐ればかりが先行して、叶が受けた心の傷に気づけなかった。
自分がもし叶の立場ならどう思うか、そんな簡単な想像さえできないでいた。
「ごめん、叶…」
叶が小さくこくんと頷く。
「ごめん……」
また一つ頷く。
やがて、うろうろと躊躇するように叶の腕が動いて、触れるか触れないか、そんな弱々しさで俺の背に手が乗った。
「叶……」
その瞬間、俺は恐怖や羞恥を自分の中から一気に退けた。
償いだけを胸に、叶を癒すことに集中する。
――どうしたら叶の不安を取り除けるだろう。どうしたら安心してもらえるだろう。
叶を抱き締めたまま、無い頭を捻って考える。
そして………。
なんとか思いついた方法を試すべく、俺はそのためのお願いを口にした。
「俺……、風呂に入りたい。叶、手伝って…」


***


風呂場に来た俺たちは顔を逸らしながらそれぞれ服を脱いだ。一緒に風呂に入るのは初めてで、照れと戸惑いが漂う。
叶は俺のお願いに初めは散々渋ったけれど、俺が無理に引っ張ってここまで運んだら、諦めの溜め息と共に承諾してくれた。
「お湯、溜めなきゃ…」
独り言のように呟いて、裸になった俺は湯船をつくる。叶は上半身だけ脱いだ格好でシャワーヘッドを握った。
「髪はどうする?」
「今はいい」
叶が蛇口をひねるとゆるやかにお湯が流れ出す。叶は俺と視線を合わせずに、黙々とシャワーを当て始めた。弱い水流が俺の肌をくすぐるように伝ってゆく。ある程度ゆき届いたところで、叶はスポンジにボディソープを含ませて泡立てた。
シャワーと同じように優しく体を擦られる。
首筋から足先まで、際どいところも丁寧な手つきで洗ってくれたけれど、でもやっぱりその間叶と視線が絡むことはなかった。
「ナカの方も洗って……」
それこそ指の股まで綺麗に洗われシャワーで流される段になって、羞恥に耐えながら言った俺の頼みに、叶は見るからはっきり分かるほど体を強張らせた。
「できない」
つらそうに首を振る。
「どうして? 俺じゃ指が届かないよ……」
「それでも、できない」
「お、おれ…」
俺は全身泡だらけなのもかまわず叶にすがりついた。陣野には感じなかった大好きな人の肌の感触に、それだけで下腹がキュンと反応する。
「おれは、叶にしてほしい…。どうしてもイヤ? やっぱりまだ怒ってる?」
「べつに怒ってない。でも、今はできないよ……」
「なんで? 俺は叶の手じゃなきゃイヤだ。 叶がいいっ」
戸惑いで揺れる叶の瞳を覗き込んだ。眉を下げて、本当に困っているのが見て取れる。
でも、ここは俺の意地を通したかった。陣野には無理にしてもらったことでも、叶には躊躇しないということを伝えたかったから。俺の体をどうこうできるのは叶しかいないって分かってほしい。だから俺は多少強引でも引き下がれなかった。
お互いの顔と顔の距離が僅か数センチだと言うのに、不自然に視線が合わないまま、そうして叶が何か言ってくれるのを待つうち、叶は重い口振りで「このままじゃ風邪ひくから」と抱き返してくれた。
シャワーからスポンジへと持ち替える。
相変わらず視線はくれないけれど、少し歩み寄れたような気がして、俺はうれしくなってまた叶をぎゅっと抱き締めた。
「片足を縁にあげて?」
ムギュムギュと背中越しにスポンジで再びボディソープを泡立たせる音を聞きつつ、体が安定するように叶に引っ付きながら浴槽の縁に足を置く。スポンジが下に落とされて、ふわふわの泡が腰に当たった。大胆にも洗ってくれと頼んだものの、もちろんアソコを洗ってもらうのも初めてだったから、異様な緊張感に心臓がバクバク鳴った。
「固くならないで…」
叶が俺の耳元で囁いて、腰の下をやんわり揉み始める。時折アソコの周りを遊びながら徐々に探られて、不意にプツリと指を挿れられた。
「ぁ…」
浅く何度も出し入れされる。奥まで欲しいのに入口辺りを彷徨うばかりで、俺から腰を動かしてもあっさり逃げられた。
「もっと奥……」
「……ソープをあんまり中まで入れるとよくないんじゃ…」
「だ、だいじょうぶだからっ」
お願いしたそばから叶の指がグリッと動いた。
「こう?」
「あ、あああっ」
膝からかくんと力が抜けて、滑る手でなんとか叶の首に取りすがる。いつもの感覚のはずなのに、ソープをまとった指がにゅるにゅる滑りよくナカで動いて、勝手に腰が動いて左右に振ってしまう。
「そんなに気持ちイイ…?」
吐息と一緒に耳に吹き込まれて、俺はカクカク首を縦に振った。
「ここは?」
イイところを何度も往復される。けれど、ソープで滑る指だとほとんど摩擦がなくてじれったい。腰を押しつけても上手く行かなくて、知らず知らず浮んだ涙目で叶に訴えかけた。叶の目が欲を含んですっと細まる。
なのに――――。
「これでおしまい」
「……え…、あの…っ」
叶は俺を軽く無視して、緩いシャワーを出すと、俺を流し始めた。自分のジーンズが濡れて変色していくのを気にせず、ぬめりを拭うように俺の肌の上を叶の手が滑る。
俺のが完全に勃っているのが見えているはずなのに―――。
――そこまで俺と風呂入るの嫌なんだ……。
急に自分のやったことに居たたまれなくなった。情けなさとやるせなさで、叶の顔が見れなくなる。
「ごめん、叶…」
「……なにが?」
「あとはもう自分でやるから……。大丈夫だから」
暗にここから出て行ってくれと含ませる。自分勝手だとは思えても、これ以上叶に嫌な思いをさせたくなった。
「……だからなんで謝るの」
「イヤなことさせてごめん…。もういいよ」
そう言って叶からシャワーを奪おうとしたけど、するりとかわされる。
「あともうちょっとだから、僕がやるよ」
言われた言葉に刺々しさを感じて、俺はとうとう涙を零してしまった。風呂のなかでよかったと思う。頬を濡らしているのがシャワーか涙かきっと分からないはずだ。
「ごめん……」
叶が嫌がるのを無理にさせて、それで自分で傷つくなんて……、救いようがない。
俺は体を流されながら、ただ終わるのをじっと待った。

「終わったよ…」
叶は溜め息を小さく吐いてシャワーヘッドを下ろした。
肩からフッと力が抜ける。ぼんやりと動けずにいると、叶がバスタオルを俺の肩にかけて水分を吸わせるように拭ってくれた。
「ありがと…」
俺は叶の目を見ることができずに、俯いたまま叶から受け取ったタオルを腰に巻いた。
前が勃ち上がった状態で、叶の目の前に居続けるのは恥ずかしい。
叶から離れてバスルームの扉を開けた。少し足元がふらついて、叶が支えてくれようとするのをやんわり押しのける。
「……ひとりで行けるから」
フローリングを裸足でひたひた歩いて自分の部屋を目指す。叶が後ろからついて来てたけど、俺は何も言わずにベッドに潜り込んだ。
叶を背にして身を丸める。
「あの…、さっきはごめん。ありがと……、助かったよ。も…、俺、寝るから」
泣いているのがバレないように小声で早口に言った。本当はちゃんと面と向かって謝りたかったけど気持ちが限界だった。それに叶は優しいから、俺が泣いていると分かったらきっと自分から折れてくれてしまうから。
後でしっかり謝るから、今はほんの少しそっとしておいて……。
俺は叶が部屋を出て行ってくれるのを、シーツに涙を移しながら待った。
「晴季……」
叶のかすれた声が聞こえて、胸がキュッと軋む。
「な、なに…? あの…、後にしてくれる? 俺、ほんと眠たいんだ」
「陣野君のことだけど――」
「……あいつとは、しばらく会わないようにするから――」
「そうじゃなくて」
「お、おやすみ……っ」
シーツが捲れ上がって急に視界が明るくなる。
「やっぱり泣いてる…」
「……叶だって――、な…」
――泣いてたじゃないか。そう言おうと思って、けれど頭が真っ白になった。
叶の腕がにょきっと伸びてきて俺の体に絡まる。
温かい胸が頬に当たった。
な、んで―――?
「晴季…、ごめん」
叶がぎゅっと体を押しつけてくる。俺は慌てて手を叶の胸に当てた。
「ぇあ、あのあのっ、か、かなえっ、ちょっと待って、離れて――!」
ただでさえ体がうずうずしてるのに、こんなことされたら納まらなくなるよ――っ!!
そう思うのに、ジッパーを下ろす音がチリチリと聞こえて、叶が固くなった自分のを俺に押し重ねる。
「ちょ、ちょっと…、叶っ?」
「ねぇ、晴季……。僕にしてほしいことない?」
言いながら叶は腰を前後に揺らす。
「ぅ、ぅわ…」
「ほら、言ってみて……」
涙腺が一気に緩んだ。
「なんだよっ、叶の考えてることぜんぜん分からない!! 放せよ!」
「僕はただ…、晴季のして欲しいことを叶えたいだけなんだ」
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