恋と窓シリーズ------恋と窓の進化形 -10,000hit 記念-

恋と窓シリーズ

恋と窓の進化形 -10,000hit 記念-

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※ この話には陣野と晴季のいかがわしいシーンがあります。浮気ネタではありませんが、変則は嫌だという方は回避してください。


01

俺は通りすがる見知らぬ人々の妙な視線を受けながら、けれどもそれらを気にしている余裕もなくフラつく体を壁に手を置くことでなんとか支え、のろのろと待ち合わせ場所へと向かっていた。時折休憩を挟みながらという、それこそ亀並みのスピードでだ。まだ十数分くらいしか歩いていないというのにすでに息も絶え絶えで、今も疲労から喘ぎに似た吐息が零れる。
いくら会えるのを楽しみにしていても、これでは相手に対して却って申し訳ないかもしれない。しかも、今日これから会うのは口が悪くも心根の優しいあの陣野だ。
先月まで高校生だった俺たちは、学校は同じ公立高校でもクラスが重なることはなったが、三年間を中学のころと同じようによく行動を共にした。当たり前のように毎日毎日顔を合わせてはふざけ合っていたのに、たとえ長期休暇で経験はしていても、改めてこうして携帯で連絡を取り合って待ち合わせして外で会うというのは妙で畏まった感じがして、尚且つどことなく気恥ずかしい。プラス、まだ卒業して数週間しか経っていなくても、なんとなく懐かしさも込み上げて、俺は湧き立つうれしさを隠しきれなかった。
――そもそも、それがマズかった……。
思わず溜め息が出る。
そうして陣野と会えるということに浮かれていた俺は、その気持ちのまま今日のことを叶に喜び勇んで話してしまったのだ。それを叶がどう勘違いしたのか嫉妬してしまって……。
叶はなにも悪くない。……ただ嫉妬する分にはという但し書き付きで。どちらかと言えば叶の独占欲の強さを失念していた俺の不手際だ。
ふと、叶が言い残した言葉が耳を掠める。
『僕の不安を取り除くためにも協力してくれるよね? 晴季』
まったく今さらながら叶は俺を言いくるめるのがうまいと思う。直接俺を責めるのではなく、あくまで心の安寧のためだからと言われれば、良心がジクジク咎めるじゃないか――。
――その結果……っ。
今の状態に羞恥が込み上げて、俺は無理やり思考を止めた。時間も迫っていることだし、これ以上気を囚われたくない。
俺はやや乱暴に首を左右に振ると、それからはただ只管目的地に向かって歩き進めた。


***


「ひ、久しぶりだな」
「……おう、遅かったな」
陣野は俺の姿を見た途端、変な顔をした。そんな陣野を見た俺も、笑みを浮かべた口元が引き攣りそうになる。
なぜ陣野が訝しそうにするのか、それは俺の恰好のせいだろう。
今の俺はといえば、額にうっすら汗をかいているというのに、ハーフコートを羽織りきっちりボタンも留めている。顔色も自分が思うよりも悪いに違いない。
「遅くなって悪い」
「いや、別にいいがお前……」
「ひ、昼飯は俺がおごるよ」
陣野がなにか言いそうになる前に俺は口を挟んだ。ここで、暑いのならコートを脱げとか、具合が悪いならどこか静かな所へ行こう、などと言われたら非常に困る。俺は脂汗の上にさらに冷や汗もかきつつ、陣野を近くのファーストフード店へ誘った。

「しかしお前、まだ春先だっつーのにそんなに汗っかきだったか?」
席に着いた陣野はコーラのストローを咥えて眉を顰めた。思わずドクンと心臓が波打つ。
「いやっ、すこし熱っぽいのかな……」
俺は無理やり笑みを顔に張り付けてジュースを啜る。ますます眉間に皺を寄せた陣野はごそごそとジーンズのポケットを探るとハンカチを俺に差し出した。受け取ろうとした俺の手を横切って額の汗を拭う。
「無理すんなよ……。俺になんていつだって会えるだろ?」
不機嫌そうに汗を拭ってくれている陣野をハンカチの下から窺う。男相手にこんなことして抵抗を感じないんだろうか。人目がどうというより普通ならば鳥肌ものの行為のはずが、陣野はどこか手慣れていて恥じらうどころかむしろ真剣だ。
「……陣野?」
「とりあえず今日はこれ食ったら帰れ。な?」
「でも…」
「あとコレ、洗濯アイロンして一週間以内に返せよ」
そう言って陣野は俺の手のなかに汗を拭い終えたハンカチを落とした。同時にニヤッと笑われて、あぁきっと近々また埋め合わせすればいいんだと、暗に諭されているのかと理解する。
けれど………。
「でも、お前バイト忙しいんじゃ…」
「こうやって飯食う時間くらい取れるさ」
陣野は母子家庭で奨学金をもらって進学はしているものの、バイトをいくつも掛け持ちして家計を支えている。口の悪ささえなければ、絵に描いたような勤労好青年だ。けっこうハードな生活を送っているはずのところを、こちらに気をつかわせず飄々と言われては何も言い返せなくなる。
俺が口ごもっていると、陣野は何か含みのある流し目を送ってきた。
「それにまたおごってくれるんだろ?」
「…………。」
こっちが引け目を感じているからってコイツは―――。
そう思い「誰がおごるか」と言いかけて、やめた。
頼んでないとはいえハンカチを貸してもらった形になるから、その礼をしろと言われれば従うしかない。
「……これじゃあ親切の押し売りだ」
俺は今度こそぶつくさ文句を垂れながら、自腹バーガーを大口で齧った。
そして、意を得た陣野は嬉々として、逆に俺は不機嫌にといった相反する態度で、それでも向かい合って黙々と昼食を平らげる。
「やっぱお前、調子悪そうだな。店出たらそのまま帰るぞ」
しばらくして、陣野が食べ終えた包み紙をくしゃっと握りつぶしながら、未だ不貞腐れている俺の顔を覗き込んで言った。
「…………ごめん」
意地はってでも大丈夫だと言いたいところだったが、食べることに夢中になってなんとか腹の奥に引っ込めておいた感覚が、陣野の言葉を誘因に突如ウジ虫の如く湧き上がる。
「お、おいっ。マジで大丈夫かよ」
「……わるいけど、い、家まで送って」
ヒクヒク体がざわついて、立ち上がろうとしただけで意識が飛びそうになった。陣野が咄嗟に腕を掴んでくれなければ、床に酷く体を打ちつけたかもしれない。自分の危うい今の状態を自覚したら、急に酔ったように支えなしでは動けなくなってしまった。
「お前、いったい……」
陣野の戸惑った声が耳鳴りの向こうから聞こえてくる。けれど、気休めを言う気力も失っていた。
「とにかく、ここを離れるぞ」
おそらく尋常じゃない俺の様子に陣野は力強くそう言うと俺の腕を肩に担ぎ、横から抱き込むようにしてゆっくり歩き出した。

その後すぐに運よくタクシーを捉まえることができて、結局俺は自分の部屋に戻ることになった。朦朧とする俺のポケットを探り、陣野は部屋の鍵を器用に開けると、俺と一緒になって部屋に上がり込んだ。不機嫌に寝室はどこだと聞かれ、虚ろな視線を向ければ「あっちだな」と察してくれて、わざわざベッドに寝かしつけてくれる。なにからなにまで申し訳ないと思えても、礼を言うどころか指先、いや、瞬きをするのさえ億劫だ。ただ、叶が帰ってきていないということにとてつもなく安堵した。
「静かだな……」
陣野がポツリとそう呟いてベッドの傍らに座る。思えばここに招待するのは今日が初めてだ。部屋を借りたとは伝えても、それが同棲だとは言えなかった。結局俺は高校三年間、恋人について話す機会は多々あったけれども、親友と言い切れる陣野にさえ慎重(臆病とも)だった。
「すげぇ汗だ」
陣野が額に手を乗せてくる。俺は思わずビクッと仰け反った。けれども陣野の手は容赦なく俺を追いかけて、あっという間に俺の額を捕らえる。
「あ…」
さっき拭ってくれたはずのそこは、すでに新しい汗で濡れていた。
「なぁ、晴季……」
思わぬ低い声にゆるゆると陣野を見上げれば、なぜか怒っているように見えた。でも、あぁそうかとすぐに思い至る。これだけ迷惑をかけていれば、怒らせて当然だ。
まったく頭が働いてないと俺は思わず小さく笑みを零した。
「なに笑ってんだよ」
陣野の顔がますます渋面になる。俺は笑うばかりでやはりなにも声を出すことはできなかった。陣野は大仰に溜め息をつくと、水を淹れてくるからと立ち上がった。俺はぼんやりと視線でその後ろ姿を追う。いつもと違う光景がどことなく新鮮だ。
陣野の身長は俺よりも十センチ近く高い。中坊のころはよくチビ扱いをされて、いつかぜったい追い抜いてやると何度も心に誓ったものだが、そろそろ成長期も終わったし、結局は敵わなかったなぁと思う。叶とはほぼ同じくらいに育ったけれども……。
そうとりとめもないことを考えていると、キュッという蛇口の軋みに次いでフローリングを滑る足音が近づいてきた。
陣野がコップを片手に俺の傍に来て屈み込む。
「飲めるか」
なんとか首を起こしてコップを宛がってもらう。コップの冷たさに唇が戦慄いて、漏れた水が頬を伝った。
「ごめ…っ」
「いいから」
慌てる俺に対して陣野は至極冷静に零れた水を服の袖で強引に拭った。けれど、俺はまたしても不意に触れた陣野の肌の感触からカッと頬に血が巡る。
「やっぱりお前、変だぞ」
「…………。」
「晴季…、お前どんな女とつき合ってんだよ」
猛烈に疲れていて陣野の言葉に動作で反応することはなくても、痛いくらい急激に肝が冷えた。
――何を言い出すんだろ、急に……。
以前から俺がどんな奴とつき合っているのか興味あるようだったのには違いない。でもそんな話になるのはいつも猥談の流れといった感じで………。
この部屋を見たからだろうか。確かにこの部屋は一人暮らしにしては間取りが多い。だから―――?
俺が答えられずに無言のままいると、陣野はベッドに腰かけて俺を見下ろした。
「つき合ってる期間長いよな。なのに、ぜんぜん俺に紹介しないだろ。前々から興味はあったんだが……」
陣野は俺の顔を挟むように両手をついて瞳を真正面から見つめさらに口を開いた。
「ロクでもないのとつき合ってんじゃないだろうな」
「…………?」
「お前さ、クスリ仕込まれてるだろ」
「…は?」
「じゃなけりゃ、やっぱり玩具入れられてるのか」
「―――っ!!!」
バレてしまうと分かっていても、俺は陣野から視線を逸らさずにはいられなかった。そのままうろうろと宙を彷徨う。
陣野は胡乱げに溜め息を吐いた。
「俺は<大人の>玩具なんて言ってないぞ」
「ぅ…」
してやったり顔になった陣野に、やられたと睨みつける。
「おかしいとは思ったんだ。尋常じゃないくらい汗かいて目は潤んでるし、熱があるのかと思ったがそうでもない。それに……、ジャケット脱がないのはそういうことだろ?」
陣野は布団をめくりあげると、スルッと股間に手を置いた。
「ぅぁ…っ」
「まったく無理しちゃって、本当は部屋から出たくもなかったんじゃないのか」
ベルトに指をかけ片手で素早く解かれる。
「ちょ…」
「確信したのはこの部屋に入ってからだな。変なモーター音が小さく聞こえてきて、でもきっと家電だろうと思い直しもしたんだが、けれどお前の傍でしか鳴ってない。お前の様子と併せて鑑みて、これはもしかしてと鎌かけてみた」
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