恋と窓シリーズ------恋と窓の位置関係09
恋と窓シリーズ
恋と窓の位置関係09
俺はカチンと固まった。
「な……なんで?」
自信って何。俺たち仲直りしたんじゃないの? この部屋にもう来ないってどういうことだよ。
なんで、どうして。
俺が戸惑っているなか、叶はどこか清々しい瞳で俺を見た。
俺たち別に付き合ってるとか、そういうんじゃないけど、でもまるで別れようって言われたみたいに聞こえたのに……。
「叶、どういうことだよ。俺と会うのはもう嫌なの」
俺は泣きそうになりながらも、なんとか言った。これ以上、叶の気持ちを勝手に推し量って勘違いするのはいやだったから。だから直球すぎるくらいに尋ねた。
そしたら叶は静かに首を振った。
「ちがうよ。そうじゃない」
「だったら……」
「ごめん、僕の言い方が悪かったよね」
叶は俺を脚の間に挟んで、やわらかく抱きしめてきた。
「理由を聞いてくれる?」
「………うん」
言いながら叶は俺の背中に置いていた手を上下にさする。
「ここの部屋に来ないっていうのは、ハシゴを使っては来ないっていう意味で言ったんだよ」
「―――え? それって窓からここには来ないってこと?」
叶はこくんと一つうなずいて、視線を窓の方へ移した。
「ハシゴから落ちたばかりで、高いところがまだ怖いというのもあるし、それに………。今回はたまたま僕が落ちて、しかも軽傷ですんだからよかったけど、今後ハシゴを使って万が一晴季が落ちたらと思うと、怖いんだ」
叶は嫌なことを想像したみたいに眉を顰めた。
確かに落ちるのは怖いけど………。
それだと叶になかなか会えなくなってしまう。
「―――だ、だったら、次からはお店に売ってる造りのしっかりしたハシゴを使ったらいいじゃん」
「それでも、落ちる可能性はゼロにはならないよ?」
叶が真剣な目つきで俺に問いかけてくる。
でも―――。
俺は素直に同意できなった。ほんの数日会えないだけでも、こんなにも不安になったり、すごく叶のことが恋しくなってしまうのに、気軽に会えなくなると思うと心配で仕方がない。
「ほ、ほかに……、ハシゴ以外に窓から行き来できる方法はない?」
「ないよ」
俺はすがるように叶を見上げたけれど、叶は即答で否定してくる。
「脚立とか……、地面にクッション敷くとか……」
それが解決になっているとは自分でも思えなかったけど、それでもなんとか叶を説得したくて言い募った。
けれども、やっぱり叶は冷静に無理だと言って、そのまま黙り込んでしまった。ただ俺を見つめてくるその瞳は、本当は分かってるんでしょ?とでも言いたげで、俺は思わず視線を下ろした。
「晴季……、僕はさっき自信が持てたって言ったよね」
「……うん」
「僕はね、今まで晴季が本当に僕のことを好きなのかって、あまり自信がなかったんだ」
「え?」
俺は目を真ん丸にした。
俺、ちゃんと伝えたよな? 叶が好きだって。
陣野のことで叶に疑われたとき、俺ちゃんと言った!! し、信じてなかったとか!?
叶のあまりの言いように、口をポカンとして唖然となってしまった。
けれども叶はそんな俺に気づかずに、遠くを見るように視線を宙にさまよわせた。
「そりゃ、好きだって晴季はちゃんと言ってくれてたけど(……よかった)、けれど、それは幼馴染としての延長じゃないかなっていう気持ちがずっとあったんだ」
「延長……」
「そう、幼馴染としてずっと過ごしてきたから、そういう身内に対するような……、なんていうかな、もっと分かりやすく言うと、恋人に対する好きというよりかは、兄弟に対する好きじゃないかなってね」
「そ、そんなことないっ」
俺は叶のシャツを掴んで、ブルブル顔を強く振った。
「叶のばか野郎!! 好きな奴にしか、チュ、チューもエッチもさせるわけないだろっ!!」
確かに小さい頃は兄弟の好きだったかもしれないけど、今はそんなことないっ。
そう必死に見上げたら、叶はうれしそうに微笑んだ。
「うん、そうだよね。分かってるよ晴季。以前は僕のすることに流されてるようなところがあったけど、今はそうじゃないって。僕のいう自信っていうのはそこから来てるんだ。男だとか幼馴染とか関係なしに、僕という個人として晴季に好かれてるんだっていう自信」
叶はまた俺を抱きかかえると、俺の耳元にキスしてと囁いてきた。俺が嫌だと睨んだら、小さく首を傾げられる。
「なんで?」
「ためされてるみたいだから」
「うーん、晴季にしては厳しいなぁ。でもそんなつもりないよ」
「でも、いやだ」
「して?」
「やだ」
「はやく」
チューの形になった叶の唇が俺に向かってくる。肩を押して引き離そうとしても、腰を抱えられていて近づいてくるチューを避けられない。
……もしかしてチューしなかったらずっとこのまま、とか? 腰がしんどいし、後ろにたおれちゃうよ……。
ゔー…。
ずっと叶の唇はチュー待ちのまま。俺はそれを恨みがましく見つめる。
―――するしかなくなるじゃん…。
俺は観念して叶の唇に自分のを押し当てた。とはいっても、ものの零コンマ二秒くらいで離したけど。
「特別だからなっ!!」
叶のなんとも言えない笑顔に俺はぶぅと頬を膨らませた。
「うん。僕も好きな人にしかキスさせないよ?」
途端にぼっと火がついたかと思うくらいに顔が熱くなって、俺は叶の肩に顔をうずめた。
「やっぱり、ためされた気分……」
俺がため息をつくと、叶はそう?とくすぐるように笑った。
「ありがとう晴季、さらに自信が持てた」
とびきりの笑顔付きでそう言われると返す言葉が無くなってしまう。
「うぅー…」
俺は不満たらたらでうなった。叶はすっきりした顔をしているけれど、俺の中のもやもやはまだ晴れない。もう窓から来ないっていうことに対して言い訳をしてくれたようで、ぜんぜんしてないし。それに、さっきから自信自信って言うけど、さっぱり意味が分からない。いや、自信って言った本意は分かったけど、それがなんで窓を使うのをやめることに繋がるのかが分からない。
俺がうなりながら考えてると、すかさず叶がチューが足りなかった?なんて暢気に聞いてくる。
「ちっがーう!!」
叶が残念と言って肩を揺らした。ぜんぜん残念そうじゃないんだけどっ。
「チューじゃなかったら何?」
「もうっ、チューチューいうなよっ。というか、そうじゃなくって! けっきょくなんで窓使わないのか分かんないだろっ?」
俺はもうからかわれないぞと勢い込んで言った。叶が猫目をくるりと巡らせる。
「そっか、ちょっと大まかに言いすぎたかな。僕の中では筋が通っていたんだけど……」
「自己完結すんなよ」
「そうだね……。じゃあ、そうだなぁ」
叶はちょっと考えて、逸らしていた視線を俺に戻した。
「ねぇ晴季。僕の家がリフォームだったり、僕が怪我したりで会えない期間があったでしょ? その間、どうしてた?」
「……どうしてたって?」
「僕のこと考えてくれてた? それともぜんぜん思い出さなかった?」
「ううん、叶のことばかり考えてた。なにしてるかな、とか。早く怪我治ってほしいな、とか」
「だから、自信が持てたんだ」
叶はニッコリ笑ったけど、俺の頭の中はハテナだらけだ。
「……さっぱり分からないんだけど」
「会えない時間があっても、僕たちの気持ちに変わりはないってことを言いたかったんだ」
「そんなの……、当たり前だよ」
「でも、お互いの気持ちをちょっと疑ってしまったよね」
「それはっ!!」
俺の言葉をすくうように叶はうんと頷いた。
「言いたいことは分かる。相手を疑ったというよりかは、自分に自信がなかったから、相手の気持ちをこうだって測ってしまったんだよね。僕は今回怪我しちゃったけど、ある意味それでよかったって思ってる。だって、しばらく会えなかったことで晴季の気持ちがちゃんと僕に向いてるって分かったから……。そんなことで自信を持つのはどうかとも思うけど、好きだから相手が自分のこと見ていてくれてるのか不安だし、いつでも確かめたい。逆にそれほど晴季のことが好きなんだ」
叶が俺の頬に自分のを押し当てながら話を続ける。
「これはきっと愛っていうのには、当てはまらないんだろうね。もっとずっと奥深いものなんだと思うけど、でもいま僕は晴季が大好きって気持ちで手いっぱいで、それでもその気持ちを大切にしたいんだ」
「うん、もちろん俺も好きって気持ちを大切にしてるよ。でもさ、ときどき爆発しそうになって怖いんだ。叶に会えなければ会えないほど、どんどん気持ちが膨れ上がって……」
「うれしいな……。僕も晴季といっしょだよ。離れれば離れるほど寂しい。でも僕たちは距離が離れてしまったら気持ちも離れてしまうくらいの気持ちで思い合ってるの?」
「ううん、大好きな気持ちは変わらない」
「僕だってそうだ。だから、たかが窓と窓の間の数メートルじゃないか。そのくらいの距離で僕たちの関係がどうにもなることはないよ」
「でも……」
「心配? でも僕たちは窓を除けても充分恵まれた環境だと思うよ。学校は別々でも家は隣同士だから、会おうと思えばすぐ会えるし。そう思えば僕たちは今までちょっと努力が足らなかったかもしれないな」
「努力…」
「そう、すぐ会えるっていう有難みが分かってなかったかもね」
「うー…」
「僕の部屋に来たければ、家の玄関通っておいでよ。泊まりたかったらお母さんに一言言えば済むことでしょ? そういう努力をちょっとずつ積み重ねていこう。大丈夫、僕が落っこちたことで、玄関を行き来することにお母さんもうるさく言わないよ。だって、また窓から落ちちたら困るって思ってるはずだから」
「……うん」
「もう、両親に心配かけたくないし……。それに、そのこと以上に、晴季と会うのを禁止されたらたまらない」
「そ、それは俺もいやだ!!」
「だったら、もう二度と窓は使わないね?」
「………うー…、なんか、その言い方ズルイ…」
そう? 叶は俺のじとーっとした視線をさらりとかわして、もちろん僕の言うこと聞くよね?な瞳で俺を覗き込んだ。
………だから、それがズルイんだってば……。
「叶って、俺の扱いがうまいなぁ……」
俺がぼそっと言うと叶にしては珍しく、ハハハッって声をあげて笑われた。
笑いごとじゃないんデスガ……。
「ごめんごめん。そんな目で見ないでよ、晴季」
俺がブスくれているというのに、叶はまだ笑って、笑い過ぎて零れた涙を指でぬぐった。
「……そんな涙目で笑いながら言われても……」
「フフッ、ごめんね」
叶はハァと息をついて笑いをやっと収めると、ニッコリ微笑んだ。
「僕はそんなつもりなかったんだけど、これから気をつけるよ」
「………別にいいけど」
「ぜんぜん別によさそうじゃないけど? だめだよ、自分の気持ちを言葉にするって決めたでしょ?」
「…………これは、言う言わないの問題じゃなくて、俺が勝手に拗ねてるだけだからいいのっ」
俺はツンとそっぽを向いて叶を無視した。叶にまたもや大笑いされると思ったから。でも、横目で見た叶は予想に反して真面目な顔をしていた。
「……叶?」
「うん?」
「怒った?」
「なんで?」
「なんでって……。何も言わないから」
「あぁ…、怒ってるように見えた?」
「うん…」
「怒ってないよ。むしろその逆。こういうのいいなぁって……。気持ちを共有できて、そのことに泣いて笑って……。やっぱり僕は晴季を離すことなんてできない」
それは俺もだ―――。
いつもは叶から抱きつかれることが多いけど、今の真っ直ぐな気持ちのまま俺から叶の体に飛びつく。
「晴季……」
叶の声ともつかない吐息が耳を掠めた。
「ねぇ、晴季。僕はもう不安にならないって決めた。これからどんなに晴季と会えなくなることがあったとしても晴季を信じて、きっと晴季も僕と同じ気持ちでいてくれてるんだと思うことにする。そしたら、晴季と会えるまでの時間もきっと楽しめると思う。もし辛く感じたとしても、耐えられる」
「うん…」
「今の言葉、忘れないでね?」
「……わかった」
「アイしてる…」
叶―――。
唐突に言われたソレに俺は思わず目を瞠ったけれど、でもすんなりソレを受け入れることができた。
抱きしめた腕に力を込める。俺も一緒だと、誓いの印みたいに。
そして重なり合ったままベッドに倒れ込んだ。
目を閉じて、ただお互いの額を寄せ合った。
『アイしてる…』
俺はまぶたの奥で叶の言葉を思い返す。
叶は愛なんて分からないって言った。俺も本当のところは正直分からない。
でも、あえて言った叶の気持ちは分かるような気がした。
愛って不確かで未知のもので、まるで俺たちの未来を指してるように思えたから。
いずれ、この気持ちが好きから愛に育てられればいいなと願う。
だから、俺たちにはまだ愛は重くて、きっとアイでちょうどいい。
俺は眠る叶にそっとアイの呪文を囁いた。
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