恋と窓シリーズ------恋と窓の位置関係06

恋と窓シリーズ

恋と窓の位置関係06

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――いやみなくらい晴れの日がつづくなぁ。

俺は授業そっちのけで教室の窓から空を見上げた。まさしく秋晴れっていうように澄み切って、天空高く突き抜ける。
叶もこの空を見ているのかな……。
先生の声がぜんぜん頭に入ってこなくて、アルファベットや数式が右から左へとスルーしてゆく。

――ここのところ叶のことばかりをずっと考えてる。

あの事故から叶には会ってない。運ばれた病院で眠る叶の顔を一度見たきり、すすんで会おうとはしなかった。
だって、どんな顔して会えばいいんだろう。
頬杖をついたら、窓のわずかな隙間から吹き込む風が、さわさわ前髪を揺らした。
だって……。
直接俺が叶を突き落としたわけじゃないにしても、俺が無理を言わなければ、こんなことにはならなかったような気がしてならない。
『なんで叶は落ちてしまったのか』
きっとハシゴのつくりが甘かったから落っこちたんだ。雨で足場がよくなかったというのもあるだろうな。もしかしたら叶の体調も悪かったのかもしれない。
小さな不具合が重なって、最悪な事態になってしまったんだ。

……わかってるよ。俺のせいじゃないっていうのはわかってる。

母さんにも父さんにも、叶のお母さん、先生までが俺をなぐさめてくれた。
本当は俺も悪いって思ってるかもしれないけど、ひどく落ち込む俺に対して割れものでも扱うかのように、皆あまりにやさしかった。
そしてわざわざこう言ってくれた。
『あれは叶の不注意だった』って。
確かにそうだよ。でも……。
まったく俺は悪くないって言えるのかな。
そう考えだすと頭がグルグルする。
俺が会いたいっていう仕種や言葉を出さなかったら、きっと俺たちはしょっちゅう会うことはなかったし、そのぶんハシゴから落ちる危険も少なかったはずだ。
叶がハシゴを作ってくれたときだって、俺はうれしくて自分でもびっくりするくらいに浮足立っていた。俺の喜ぶ顔を見て、叶もうれしそうで、ますます調子に乗って――。
落ちる可能性なんていくらでもあったのに、部屋を行き来することに慣れ過ぎて、すっかり頭から危険な行為だってことが抜け落ちていた。

――いろいろ気づくのが遅過ぎたな…。

好きだからって毎日会わなきゃいけないってこともなかったし――。
リフォーム中だって俺は叶に会えなくて悶々としていたけれども、叶は引っ越しで忙しかったとはいえ、けっこう会えなくても平気そうだったもん。きっと俺とちがって毎日会わなくても大丈夫なんだろうな。だったら、会う会わないは完全に俺のわがままだ。
そう思うと、なおさら俺にも原因があるかもしれないって思えてくる。

グルグルグルグル……。

ああかもしれない、こうかもしれない、って何度も―かもしれない―を考えていると止まらなくなって、先生の声はお経どころか素通り状態、陣野に話しかけられても上の空で……。陣野はいい奴だから、俺のことをすごく心配してくれて、なにかにつけて笑って接してくれるんだけど、悪いなぁとは思いつつ、やっぱりいつの間にか叶のことを考えてしまう。

『ごめん、陣野』

陣野が話してる途中で意識がぶっ飛んだ俺は、何回こう言ってあやまったかわからない。そんなとき、陣野は何言ってるんだと怒る。その眉はつり上がってても、ぜんぜん怖くない。俺に気を使って普通にしてくれてるんだなってわかる怒り方だから。
俺はその度に泣きそうになった。
陣野に申し訳ないっていうよりも、本当にあやまりたい相手に会えなかったから。

ハシゴは赤い糸なんかじゃなかったよ、叶……。

俺は幾重にも連なるうろこ雲を見つめた。

もし赤い糸だったとしたら、ハシゴのように俺たちの関係も断ち切られてしまうのかな……。

『…季……、晴季――っ』

ぼうとしてたら、いきなりギョロッとした目にのぞきこまれて、びっくりして椅子ごと後ろにのけぞった。椅子と床がぶつかりあって、ガタガタと大きな音が響く。
「ぅうわっ!? ななななにっ!!」
陣野が腕を組んで俺を白ーい目で見下ろしていた。
「お前ねー、さっきからずっと呼んでんだろ? それに授業が終わったの気づいてないだろ」
「へ?」
キョロキョロと周りを見渡してみるとすでに先生の姿はなくて、日直が黒板の文字を消している。みんな席を立って友達と話したり、将棋をしたり髪形を直したり、それぞれの時間を過ごして楽しそうだ。
「やっぱり気づいてなかったのかよ……」
陣野はがっくりうなだれて、呆れたようなため息をついている。俺は居心地悪く空笑いしながら米神をかいた。
「お前、そんなぼんやりするくらい何考えてたんだよ」
「なにって……」
「幼馴染のことか?」
俺は思わず顔を下に向けた。
『うん、叶のことだよ』
そう言えばよかったんだろうけど、でも言ったらもっと深く聞かれそうで、それが怖くて言えなかった。目を逸らしたのもそれ以上追及されたくなかったから。
「幼馴染に会ってないんだって?」
でも陣野は黙りこむ俺を許さなかった。
「だれに聞いたんだよ」
「担任。お前のこと気にしてる。さっきの授業だって、お前の列みんな当てられたのに、お前だけ当てられなかったしな」
「……よかった、のかな」
「よくねぇよ。ぼうとするくらい気になるんなら、会いに行けばいいだろ?」
ふるふる首を横に振る。俺にとってそれは簡単なことじゃない。
陣野をちらりと見れば、両眉を上げて鼻息を荒く吹き出された。
「お前って頑固だからなぁ」
「そんなんじゃないよっ!!」
「あそ。じゃあ会いに行けよ、カナエくんにさ」
「う、……うぅー」
「頑固もの決定」
俺はうらみがましく陣野を睨みあげた。でも陣野はぜんぜん堪えた様子はなくて、逆に『お、やるか?』みたいな感じで見つめ返してくる。
「陣野のいじわるぅ」
俺がブスッとして言うと、陣野はおかしそうに肩を揺らした。
「だって言いたくもなるさ。お前のことだからいつかは浮上してくるだろうと放っておいたら、お前、放っておかれたままぜんぜん浮き上がってこないじゃないか。むしろ沈んでいく一方。最初のうちは仕方ないかと思えても、あんまり続くと鬱陶しくなる」
「うー…」
「それになんで俺が幼馴染の名前を知ってるんだと思う?」
「え? えーっと、俺、言ったっけ?」
陣野は『だめだ、こりゃ』と頭を抱えた。
そんなことがなんで今関係あるんだよ。
「お前、ぼんやりしているときは大概『カナエ』って呟いてるんだぜ?」
「ええっ!?」
頭の中だけで呼んでたつもりが口にまで出してたのー!!
「最初は『カナエ』じゃなくて『カエル』に聞こえて、何度もブツブツそう言うから、正直気持ち悪かったぞ」
「カエルって――! で、でも、そうなんだ…」
――そんなに何回もっ? 今度は俺が頭を抱えてしまった。
じゃ、じゃあ、まさか『叶に会いたい』だとか、『叶どうしてるのかな』とか、あーんなことや、こーんなことまで、言っちゃってたとかぁ!?
……そりゃ心配されるよな………。
さっきはなんで陣野に注意されなきゃならないんだって思ったけど、これじゃ当たり前だ。自分がいやになるよ……。
「晴季」
うつむく俺のあごに指がかかって、くいと顔を持ち上げられた。それは考えなくても陣野の指で、陣野と真正面から向き合う形になる。またからかわれるのかなと身構えたら、陣野は神妙な顔をして諭すような声を出した。
「もう自力で浮上できないくらい行き詰ってるんだろ? 一人で考えるのなんてやめて会いに行けよ。ちゃんと話し合ってこい」
「でも……」
俺が顔を背けようとしたのを、陣野は許してくれなかった。顎に指をかけられたまま、視線だけを横にずらす。
「俺でこんな心配になるくらいなんだ。お前の親なんて相当なもんだろ。これ以上、被害を拡大させるな」
「被害って……」
みんなに迷惑かけてるのは分かってるよ。でも、そんな言い方しなくたっていいのにぃ。
俺が不満たらたらで陣野を横目で見たら、陣野はニヤリと頬を引き上げた。
「ため息ついてばかりで、無駄に二酸化炭素増やすなってこと」
「もうっ、そういうことじゃないだろ?」
「分かってんなら、とっとと行け」
陣野は勢いよく俺の背中をバンと叩いた。
「うわっ」
まさかそんなことされるなんて思ってなかった俺は、叩かれるがまま前屈みに机に突っ伏して、そのままゴツンと額をぶつけた。
「痛いってばっ!!」
いつもならすぐさま反撃に出るところだけど、あまりの痛さに動けない。かろうじて涙目ながらも陣野をねめつけた。でも、なぜか陣野はうれしそうに笑っている。
「そうそう、その感じ。やっぱこうでなきゃ晴季じゃないよな」
「……どういう意味だよ」
「反撃してこなけりゃ張合いがない。その調子で幼馴染のところに行け。今の調子なら大丈夫だ」
陣野はにっかり笑って握りしめた手から親指をピンと立てた。
もー、やり方が手荒いんだから。
でも、陣野の笑顔にはぜんぜん嫌味がなくて、俺は呆れながらも同じサインを返した。

陣野に行くと明言(?)したからには、なんとしてでも叶に会いに行かなくちゃいけないと思って、部活をさぼって(ごめん、みんな…)早々に学校を飛び出した。フラフラ危なげに漕いでた今朝とは違って、シャキシャキ安全を確かめながらも、猛スピードで自転車を走らせる。意味もなく早く帰らなきゃと、どこか強迫観念めいたものに囚われながら、それでも懸命に漕いだ。
……でも、それも自分の家が見えるまでだった。
ぜんぜんお見舞いに行かなかったのに、いまさらどうやって叶に会いに行けばいいんだろう……。
自分の家があるということは、隣にしっかり叶の家が鎮座しているわけであって、それを見た途端、何とも言えない不安がぶり返す。シャキシャキ運転も、次第にのろのろに代わって、自分の家の数メートル手前でとうとう止まってしまった。おもむろに、叶の部屋を見上げる。
幸いなことに、叶は検査や経過を視るために病院に一泊しただけで、入院しなければならないほどの怪我ではなかった。だから、事故の翌日からは自宅で静養していると、母さんがそれとなく話してくれた。無理にお見舞いに行けとは言われなかったし、俺も勇気がなかったから、ただそれを聞いて、そうなんだと頷いただけだった。
だから、今あの部屋に叶がいるはず――。
そう思うとなんだか自分がどうすればいいのか分からなくなってしまった。
叶に顔を合わせられなくて逃げ出したい気持ちと、元気にしているのかな会いたいなと思う気持ちがせめぎ合う。どうしようもなくて、自転車を脇に抱えた状態でその場に立ち尽くした。
空にはすぐそこに夕闇が迫っている。
なんだかものすごく寂しくなった。
叶が居るところまでほんのわずかな距離のはずなのに、俺はそれを一歩も縮められない。まるで彦星と織姫との間に流れる天の川が俺たちの前にも立ちはだかっているみたいだ。
叶……。手を伸ばせば届くはずなのに。
俺は手をにぎりしめた。叶の顔や胸や腕や背中や大好きな笑顔、みんな鮮明に思い出せるのに、叶の肌の感触が手から滑り落ちている。
どんなだったっけ……。
髪の毛も、口も、抱きしめた背中も、たった数日前には俺の手の中に収まってたはずなのに、ぜんぜん思い出せない。
俺は茫然とした。
すがるように叶の部屋を見上げたけれども、求める姿は影も形もなくて――。
きっと寝てるんだ。それに最近涼しくなったから、外の風は体に良くないし。もしかしたら、学校休んでるぶん勉強してるかも。叶ってば成績いいし、順位落とさないもんなぁ。
――だから、叶がここにいる俺を見つけるはずがないんだ……。
俺は無理にそう納得して、やっとトボトボ歩き出した。とはいっても家はすぐそこだから、数歩進んだだけで、自転車を置いて玄関の戸を開けた。
「ただいま……」
三和土に立って廊下の脇にある暖簾を見た。暖簾の向こうは台所で、俺が帰るといつも母さんが台所からひょっこり顔をのぞかせる。でも、今日は買い物に行っているのかシンと静かだ。
俺は靴を脱いで二階に上がった。部屋のドアを開ければ、カーテンの引いていない窓から、沈みかけた夕陽が薄暗くフローリングを照らしている。いつもの習慣で窓のカーテンを閉めた。習慣とは言っても、ここ数日ばかりだけれど――。
俺はほっとため息をついて、ベッドに倒れ込んだ。うつ伏せの顔を枕に埋める。カーテンを閉めたために部屋の中は真っ暗で、その代わり、昼間に見えなかったものが天井でほのかに輝き出す。俺はそれを見たくなくて、体を仰向けにできなかった。電気をつければいいんだけれど、今はちょっとその気力がない。
でも結局は目を閉じてても、勝手にまぶたの裏には叶の姿が浮かび上がってしまって、俺は観念して天井を見上げた。そこに輝くのは叶といっしょに貼った星座のシール。
……会いたいな…。
でも、次の瞬間には叶の雨にぬれた背中が脳裏をかすめる。
会えないよ―――。
そう考えて俺は思わず笑ってしまった。最近こればっかり。まるで花びらを好き嫌いと引き抜いてゆくおまじないように、会いたい会えないを頭の中でくり返してる。
陣野がせっかく背中を押してくれたけど、まだ会えそうにない。
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