恋と窓シリーズ------恋と窓の位置関係05

恋と窓シリーズ

恋と窓の位置関係05

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叶から強烈チューをもらったせいで、本気でマスクを着けていこうかなんて思ったけど、でもそんなのしてたら逆に怪しく見えるんじゃないかと、けっきょくマスクなしで真っ赤な唇のまま学校に行った。そしたら、みんなからそのタラコ唇どうしたんだとか、なんか熱いものでも飲んだのかとか、朝から激辛カレーでも食べたのかとか、別の方向に勘ぐられて、それはそれでかわすのにたいへんだったけど、チューとはバレずに助かった。……まぁ、予想通りというかなんというか、陣野だけは変な顔して俺のこと見てたけどね。でも別に悪いことしてるわけじゃないし、それにきょうは体育がなかったし、陣野に心配かけることもなかったから、なにも言われることはなかった。
はぁあ…。ここのところ、チュー難が多いなぁ…。
それもこれも―――。
俺はそこまで考えかけて、続けるのをやめた。
それもこれも、だれのせいかって言わなくてもわかるよね?
―――そうそう、隣の家のK君だよ。
それ以上いくら考えても文句言ってもキリないもんね。だって叶にならなにをされても最後には許しちゃうし、そうなるほど俺が叶のことを好きなのは止められないから。
俺はそんなこんな思い巡らせながら、三階にある叶の部屋の窓を見上げた。
電気は点いてるから、いるとは思うんだけどな、叶―――。
だいたい毎日部活を終えてから家に帰ってごはん食べたあと、宿題するのもそこそこに、窓の下のこの場所で、叶のことを考えながらあの窓が開くのを待ってるんだ。叶ん家がリフォーム工事を始めてからというもの、この体勢は俺の習慣となって、窓脇に置いたクッションラグは俺の定位置になっている。
「叶、まだかな……」
早く開かないかなって、早く気づいてよって願いながら見つめる。ほんの一昨日くらい前までは、どんより暗い気持ちで見上げていた窓も、叶と自由に行き来できるようになった今となっては、こうして待つのが俺のささやかな楽しみだ。
ん? 叶に会えるんだから―ささやか―ではないかな……。
じゃなくって……そうだ、とっても幸せな時間だ。
俺はそう考えなおして、思わず含み笑いをしてしまった。
「今日は笑ってるんだね?」
あ、叶だ。透き通るようなきれいな声が降ってきて、俺は上を見上げた。叶が窓枠に肘をついて手を振っている。
「待たせた? ごめんね」
「ううん。そんなにも待ってない」
まるで、デートの待ち合わせでもしてるような会話だなぁって、照れくさくてうつむいてしまった。
「どうしたの?」
「な、なんでもない。叶に会えてうれしいなって思って」
「そう? 僕もうれしいよ」
今は夜の九時。去年までならもう寝ている時間だったけど、学校のある日に叶と会えるのはこの時間しかないから、ちょっと夜更かし。だから、叶も俺もご近所迷惑にならない程度の小声で話す。ちょっと秘密のデートみたいで、そんなところも楽しい。
「今日は陣野君に何も言われなかった?」
「う、うん…。俺の口見て不思議そうな顔してたけど、だいじょうぶだった」
「じゃあ、これからは体じゃなくて唇にいっぱいするようにするね?」
心臓がバクンと跳ねた。
―――唇にいっぱい…。言われなくてもチューのことだってすぐわかる。
叶はもちろんそれでいいよね?って感じで、すこし強引な口ぶりで言った。そんな風に言われたら、うんって言うしかないじゃん…。も、もちろん、ぜんぜんいやじゃないしっ、むしろうれしいけど……。なんだか叶にいいように振り回されてるような……。
「うぅー…」
「どうしたの」
「……なんでもない」
叶は首をかしげて俺を見ていたけれど、俺はイイヨともダメとも言えずに、うなるしかなかった。イイヨって言ったら、きっときのう以上にチューをいっぱいしてくると思う、叶のことだから。でもでも、何回も言うけど、イヤじゃないんだ。ただ、そのぅ……。
単純にはずかしいだけで…。
きょうだって、学校のトイレなんかで鏡を見るたびに、叶にチューされたことを思い出して、唇以上にほっぺたが真っ赤になるから、困った。だからって、それは俺ががまんすればいいことだから、叶にわざわざ言うことじゃないし……。
チューしてほしいけど、あんまりしてほしくない。
って言っても、意味わかんないよな。
どうしたらいいの…。
頭を悩ませていたところに、ぽつんと頭に冷たいものを感じる。
―――――アレ?
なんだろうと思って上を仰いだら、今度はおでこになにか降ってきた。
「雨だね…」
叶がつぶやいた。そしたら、ぽつぽつといくつも降ってきて、いつの間にか雨の匂いが部屋に流れ込んでいた。
「大降りになるかなぁ」
見上げた空には分厚い雲が立ち込めている。星も月もまったく見えない。
「ねぇ、晴季。そっち行っていい?」
「うん、いいよ。窓開けて話してたら濡れちゃうもんね」
叶は待っててというと、部屋に体を引っ込めて、縄でつくったハシゴを取り出してきた。それを二階の俺の部屋の窓までしゅるしゅる下ろしてくる。
「このくらいかな」
ちょうどいい高さまで下ろして、ハシゴを固定した。そして、足をハシゴにかけて強度を確かめると、慎重に俺の窓まで下ってくる。
「お邪魔するね」
叶は自分ん家の壁をけって軽やかに、ブランコの要領で俺の部屋に入った。
途端にザーッと雨脚が強くなる。カンカン雨どいを打ちつける音がうるさい。
俺はほっと胸をなでおろして、叶に笑いかけた。
「間に合ったな」
「日ごろの行いがいいからかな?」
大雨から逃れたことを、叶はそう冗談めかした。俺はそのセリフに『きっと、そうだよ』とまた笑って、雨をながめた。
「あしたも雨かなぁ…」
「雲があんなに垂れこめてるから、たぶん一日中降るだろうね」
「そっか…」
「雨の日っていろいろ面倒だよね」
「うん。明日の部活、体育館つかえないし、このぶんだとピロティか渡り廊下で筋トレやることになるんだろうなぁ」
「バスケ部なのに、ボールさわらずに筋トレだけっていうのは、なんだか変だね」
「そうそう。ボールさわれないってだけでも気分がちょっと沈んじゃうのにコレだもん。雨っていうだけで、なんでこんなにブルーになっちゃうかなー」
「……ほんとにそうなの?」
ふに落ちないって声に、え?っと思って振り返ったら、叶が俺をまじまじ見つめていた。
「だって、落ち込んでる感じじゃないよ? むしろ、どこか楽しそうだ。鼻歌でも出そうな雰囲気」
「そ、それは……」
その視線がすこし痛くて、俺はうつむけた顔からおずおずと叶を見上げる。
「それは、だって……、しょうがないじゃん。いまは叶といっしょなんだから」
「…え?」
言ってることがさっぱりわかりませんっていうように叶は目をぱちくりした。
もうっ、なんでわからないんだよ! 俺はぐいと顔を叶につきつけて叫んだ。
「だから、叶がいるから、雨がふってても風がつよくても、そんなことどうでもよくなるくらい、うれしいんだっ」
突然ふわっと風がなびいた。鼻にさらりとしたシャツが当たる。
「か、叶?」
気づいたときには叶に抱きしめられていた。
「僕もうれしいな」
「う、うん…。――――ンッ」
どういう流れでこうなったのか、わけのわからないままキスされて、どぎまぎする。でも、叶のキスはやっぱり好きで、いったんはなれてまた押しつけられた唇に頭のなかが真っ白になって、そんなことどうでもよくなってしまった。
二度三度とキスをつづけた叶は、やっと名残惜しそうに唇をはなした。俺の唇もはなれたくないと言っているみたいに、ギリギリまで叶の口にくっついて、最後にはプルンとはじけた。
「おいで」
叶はそう言って手をつないで俺をベッドまで引き寄せた。そして、布団のうえに俺と向かい合わせにすわる。
急にくすぐったいような甘い空気がまわりを包んだ。
「あのっ、叶。きょうは! ……えっと、そのぅ」
あわてた俺を見て叶はくすりと笑った。
「うん、わかってるよ。今日は最後までしないから」
「最後までって……」
「晴季がつらくなるようなことはしないってこと」
叶は笑顔のまま、また俺にキスしてきた。同時にていねいな手つきでスウェットをめくりあげられて、パンツからポロンとあそこを取り出される。
「フムムーッ(叶ーっ)」
はずかしいよっ!!
涙の浮かんだ目で叶をにらんだけれども、叶は真剣なまなざしで見つめ返しただけで、唇からはなした口で今度は耳を食んでくる。
「はぁああ…」
耳のなかに吹き込まれる叶の吐息がこそばゆい。
「気持ちいい?」
「ぅ、うん…」
叶の口がまたはなれたと思うと、胸をねっとりなめられる。俺はなんだか体のなかがジクジクして、たえられなくて、叶の頭を両手で抱えこんだ。でも、すぐに叶の手によってじゃまされる。体を後ろにたおされて、手首はベッドに押さえつけられてしまった。
「ここにチューされるの、いや?」
「いや…っていうか、へんっ」
「変な感じがする?」
俺はこくこくうなずいた。そしたら、叶ってばチクビを両手の指でくりくりといじめてきて――。キツクされたと思ったら、じんわりやわらかくさわってきたり、痛いくらいにつねられたりして、じれったさにギュッと目を閉じた。
「あぁんっ」
声出したくないのに悲鳴をあげてしまって、腰がぴくんとベッドにはずんだ。いやいやと首をふったら髪がぱさぱさ鳴って、そんなことでさえ居たたまれなくなる。しつこいくらいにチクビをさわられて、体がほてって仕方がない。
「はぁ、はぁ」
手の動きが止んだころには、胸が上下するくらいに息が切れてた。
終わったのかなと思って目を開けたら、叶は俺のうえでうつむいて固まっている。
「おいしそう…」
叶がそうつぶやいて、なにかなと下を見てみたら、大事なトコロがとってもいやらしくぬれて立ち上げっていた。
「ぅわあっ」
パンツもスウェットもしっかりはいてるのに、そこだけがウエストのゴムを押しのけて飛び出てる。
「叶っ、そこどいて!!」
あまりの光景に頭がくらくらする。
いやらしすぎるよっ!!
叶の視線をさけようと思いっきり身をよじった。けれど、叶が腰のうえにすわっていて動けない。
「お、おねがいっ。かなえぇ」
あいかわらず、叶の視線はなめるように熱くって。じわっと涙があふれて、声まで涙声になった。
「大丈夫。僕を信じて」
叶がこわくないよという風に頭をなでてくれる。
「……ん」
俺はほぅと気を抜いた。ふしぎと叶のだいじょうぶにはいつも安心させられるんだ。
叶がだいじょうぶって言ったら、だいじょうぶ……。
俺はなでられる心地よさにうっとりと目を閉じた。
しばらくそうしていたら、叶が腕を引っぱって俺の体を起こした。
「かなえ?」
俺がどうしたのと首をかしげたら、叶はさらに俺をじぶんの方へ引き寄せた。
「晴季。僕のひざの上にまたがって?」
俺はされるがまま叶のひざの上に乗っかる。
「え? ぁ、ぁん」
気づかない間に取り出されていた叶のと俺のが、いっしょに叶の手によってにぎられて、さらにやわやわさすられる。
「僕の手だけじゃ、ちょっと足りないね」
叶は俺の手を包み込むようにじぶんの手と重ねて、中心にあてがった。
たまに、じぶんだけで……、その…、一人でするけれど、叶といっしょというだけで、せり上がるゾクゾク感が一人のときより倍増しする。
「晴季、どう?」
「あ、あ、あん」
「気持ちいいならいいって言って?」
じれったそうに聞かれて、俺はイイ、イイ、ってなんどもあえいだ。
俺だけが気持ちよくなってるんじゃないかと不安になってたら、しだいに叶の声もかすれてきて、合間合間にふるえるようなため息が聞こえる。俺だけじゃないんだと気づいたとき、俺ははずかしさも照れもどっかすっ飛んでしまって、ただ追い立てられる手にぜんぶをゆだねた。



***



『雨、止んだね…』

叶は窓の外を見て、ほんのすこし残念そうに言った。俺も叶に抱きしめられながら、同じように窓を見ている。
俺はふと気づいたさみしい予感を口にした。
「もう、帰っちゃうの?」
「…うん。今なら雨に振られないし、それに窓を開けっぱなしなんだ。一応、カーテンはひいてあるけど、朝までそのままにしてたら、きっと部屋のなかが水浸しになっちゃうからね。不用心でもあるし」
叶はごめんねと俺の目元にキスを落とす。さっきまですごく熱っぽくされたのが、いまは静かにやさしい。チューされてふいに抱き合っていたことがポンと頭に浮かんで、ほっぺたがあたたかくかくなる。
「寒い?」
叶がいたわるように、かけていた布団を引き上げた。そして叶は布団から出て、ぽんぽんと布団のうえから俺をやわらかくたたいた。
「つかれたでしょ? もうこのまま寝たらいいよ」
「…うん」
素直にこくんとうなずいたら、叶は満足そうに目を細めて、ベッドに腰かけたまま俺に背を向けて服をつけ始めた。叶の白い背が丸見えで、それだけなのに、俺はどきどきする。でも、すぐさま白いシャツに隠れてしまった。ズボンに裾を押しこんで、立ち上がった叶はもう、いつも見慣れたさわやかスタイルだ。
もうちょっとハダカ見ていたかったかも……。
じっと見つめていたら、振り返った叶が俺を見下ろしてきた。
「本当にごめんね? 朝まで傍にいたいところなんだけど…」
困ったように叶がほほえんだ。俺はううんと首を横に振る。
「あしたも来てくれるんだろ? それか俺が叶の部屋行くし」
もちろんといった叶の顔はとっても(俺が言うのもおかしいけど)幸せそうで、それを見た俺も幸せな気分になる。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、おやすみ」
叶はもう一度ほほえんで身をひるがえすと、音もなく窓へ向けて歩いてゆく。窓枠にすわって俺に手を振り、たぐり寄せたハシゴに足を乗せる。体重をハシゴにうつして登って行った。
――また明日…。
俺は叶の姿が見えなくなっても、目を外すことができずに、ぼうと窓の外をながめた。
叶の部屋の窓が閉まる音を聞いたら目を閉じよう。
そう決めて、音が聞こえてくるのをじっと待つ。そのとき―――。

ガガッ、ザザザ、ズン……!!

俺は予想外の不快な音に、目を見開いた。背筋がざわざわと騒いで、つめたい汗がいくつも流れてゆく。
「かな、え――?」
さっきのは、なに……。
いやな音と共に見えたのは、窓の外を上から下へとゆっくりとすべるように落ちてゆく白い影。
ついさっきまで見ていた叶の肌や着ていたシャツの白さが頭のなかで交差する。
あれはチガウ、そうじゃない、ぜったいにチガウ……。
俺はカタカタふるえる手で耳をふさいだ。
あれは叶なんかじゃない――っ!!!

「叶ぇえええええええっ!!!!」

耳をつんざくような悲鳴は、なぜか他人のものみたいに響いた。
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