恋と窓シリーズ------恋と窓の位置関係03

恋と窓シリーズ

恋と窓の位置関係03

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うぅ…。なんだか体がモゾモゾするなぁ…。猫じゃらしで撫でられているような、こそばゆい感じがする。んっ…、くすぐったいよ。猫かな…。ペロペロ舐めてくるし、毛がさわさわ体をくすぐるし。―――――猫? そういえば最後までエッチしたときの叶もこんな感じだった。泣いている俺の涙をそれこそ猫みたいに舐めとってくれて――――!?
「叶っ!!」
俺ははっと気がついて咄嗟に起き上がろうとしたんだけど、押さえつけられていて起き上がれなかった。少しだけ宙に浮いた腰がまたポフッと布団に沈む。なんでかって言うと予想通り過ぎてあんまり言う気も起らないけど、やっぱり叶が俺の上に乗っかっていた。
「おはよう。晴季」
叶得意のにっこりスマイルだ。デジャヴ…。朝からキラキラしてるよ。って、いつの間にか朝だよ! きのうは真っ黒だった叶の部屋の窓がいまは太陽の光をいっぱい部屋に取り込んでいる。
「か、叶っ。いま何時?」
「七時だよ」
よかったぁ。まだ学校行くまでに充分時間がある。ほぉっと俺があからさまにため息をついたら、叶がベッドから立ち上がりながらまたクスクス笑った。まだ時間があると分かって気持ちを少し静めて、改めて叶の様子をうかがい見ると、叶はすでに学校の制服をきっちり着込んでいた。叶と俺の制服は同じブレザーだけど学校が違うからデザインも違う。叶は俺の学校よりランクが上の私立中学に通っていて制服にお金をかけているから、ネクタイやらボタンやらがちょっとお洒落だ。こういうお坊ちゃまな格好が普通によく似合うんだよな、叶って。まじまじ服装を見ていたのを気にかけたのか、叶が『晴季、さむくない?』と聞いてきた。俺は布団の中だし寒くないよと言って寝返りをうったら、肩にスースー冷たい空気が当たることに気がついた。
「あの、叶? なんで俺、ハダカ?」
「僕が脱がしたからだよ?」
叶はケロリと言ってのけた。僕が脱がしたって、そんな爽やかに言われても……。うぅ、顔が赤くなるよ。思わずうつむいて布団を引き寄せようとしたら、見たくないものが目に飛び込んできた。
うわぁ…。
「キ、キ、キ、キ、」
「キ?」
「キスマークだらけだって!!」
「うん。さっきいっぱいつけたんだ」
「……そ、そうなんだ」
叶は信じられないくらい平然としている。なんで平気なんだろ。俺はこんなのがいっぱいで恥ずかしいのにぃ……。俺にこんな印つけて叶は恥ずかしく思わないのかなぁ。自分の体じゃないから気にならない? 確かに叶の体にはキスマークなんて一つもないし、そうなのかな。ということは俺が叶にキスマークつければお相子になるのか。……でも、つけ方なんか分からないし…。そもそもなんで叶はキスマークつけたがるのかなぁ。
俺は改めて自分のお腹を見た。小さな赤が点々とそこら中に散らばっている。あんまりきれいでも可愛いもんでもない。なんで必要なのか分からない。むしろ俺にとっては大迷惑。きのうだって陣野にこれのせいで笑われたしさ。
「思い出したっ。きょ、今日も体育の授業あったんだった!!」
「体育?」
「どうしよう、叶。どうしようっ」
パニクった俺の傍に叶が腰かけて、どうしたの?と顔を覗き込んできた。よしよしと頭を撫でられる。あんまりその手が優しかったから涙がちょっと出てしまった。そして叶が促すままに、きのうの陣野とのやり取りを話した。
「陣野って?」
俺が話し終えた途端に叶がこう言った。なんだか叶の顔が怖い。俺なんにも悪いことしてないのに、叶が悪いのに。
「隣の席に座ってるんだ。とってもいい奴だよ。けど俺のこと子供子供ってからかうのだけはやめてほしいかな…」
「ふぅん…。晴季はそいつのこと好きなの?」
「もちろん好きだよ。いい奴だし」
「僕より?」
「え?」
なんでそんなこと聞くの? 予想もしなかった叶の言葉に思わず固まってしまった。確かに陣野のことは好きだけど、それはあくまで友達としてで、叶と比べたことなんか一度もない。そう言おうと思ったんだけど、突然目の前が暗くなったと思ったら、ベッドに押し倒された。窓からの光がとても明るくて、俺に覆いかぶさる叶の顔が逆光になって、その表情が読み取れない。
瞬間、怖いと思った。さっきの叶の顔も怖かったけど、はっきり分からない今の顔の方がさっきよりずっと怖い。
陣野のことを好きって言ったから怒ったの?
(ごめん、叶――)
謝ろうとしたら、喉で息が詰まってしまって言葉が出なかった。怖くて声が出ない。視界がじわっと揺らいだ。
黙ったままだったら、きっと誤解されてしまうよ…。
「答えて…」
叶にせかされて言わなきゃと思っても、やっぱり喉が凍ってしまったように声が出ない。まるで人魚姫にでもなった気分だ。言いたいのに言えなくて、もどかしい。
しばらく身動きとれずに俺は湧き上がる不安と闘っていた。お互いがお互いの気持ちを探るように真正面から向き合ったまま。
ふと急に体が軽くなった。叶が俺の肩から手を外して傍らに座り直す。やっと覗いた叶の表情は悲しそうだった。
なんで、そんな悲しい顔をしているの?
「晴季……。なんで、そんな悲しい顔をしているの?」
叶が俺の思ったそのままを口にして、びっくりした。俺の言っていることが通じたのかな。叶は口をつぐんで白いしっとりとした柔らかな手を俺の頬に寄せてきた。気持ちよくて俺は思わず頬ずりする。
叶はまた口を開いた。
「なんで? それに―――、泣いてるよ?」
……あれ? 叶の手が湿っているんだと思っていたら、それは俺が泣いているからだった。悲しそうだった叶の顔がさらに歪んで涙ぐんでいた。
「陣野くんの方が好きなの?」
俺は力いっぱいブンブン首を振った。思ったように声が出ないぶん、気持ちが伝わるように、そして俺の頬に当たっている叶の手をぎゅっと握りしめた。
「僕が好き?」
こくこく頷く。わかってくれるよね? 俺が一番好きなのは叶だよ。
俺の心が届いたのか、叶はまた俺に覆いかぶさってきて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「ごめん…、ちょっと不安になっただけなんだ」
どういう意味かな…? 俺が首を傾げたのを叶が気づいて、ふと吐息で笑われた。
「晴季の口から今まで学校の友達の名前を聞いたことがなかったもんだから、陣野くんって初めて聞いて、もしかして彼は晴季にとって僕より特別な人なんじゃないかなって、ちょっと不安になったんだ」
「そ、そんなことないよっ」
確かに陣野はいい奴で、俺のことたまに馬鹿にするけれど、でも嫌な感じはしないし、本当にいい奴だけど、でも叶の方がぜったいぜったい好きだ。
って言いたいんだけど、俺はなさけなくも口をぱくぱくするばかりで、それ以上言葉が出てこなかった。こんなんで俺の気持ち伝わったかなぁ…。
叶を見上げてみると、叶は俺の顔をじーっと見つめていた。ほとんど無表情だけど、怒っているのではなさそうでちょっと安心した。叶から怖さはなくなったけど、やっぱり俺の口パクは治らない。言いたいことがあるのに、うぅー…。
そうやってしばらく見つめ合っていたら、いきなり叶がふんわり笑った。しかも、なんだかとっても嬉しそうに…。
―――どうして? 俺なんか変なことした? きょとんとしながら眉をひそめて叶を見上げた。そしたら―――。
「おもしろい顔」
そう言って叶が笑った。俺はさらに茫然としてしまった。
―――言ってる意味が分からないんだけど……。なんで今そんなことで笑うわけ? とういうか俺のパクパク顔が陣野のことぶっ飛ばすくらい変だったって言いたいのっ。ひでーっ! なんだよっ。声がなかなか出ないだけなのに!
俺がぷんすか怒っている隣で、まだ叶はけらけら笑っている。
あんまり叶が笑うから、俺はすっかり拗ねてしまって顔をぷいっと叶からそむけた。でもそれもほんのひとときで、ずっとは怒っていられなかった。いつの間にか怒っているのが本気ではなくてポーズだけになってしまって。叶の楽しそうな顔を見ていたら怒っているのがバカらしくなって、自然と俺も一緒に笑っていた。さっきまでなんだか深刻な感じだったのに、暗い雰囲気がどっかにすっ飛んでしまった。
笑う門には福来たる―――? そんな格言もあったかなと妙にしみじみしながら、幸せな雰囲気のなか叶と抱き合った。
そして、叶の腕のなか自分の胸に聞いてみる。今なら言えるかな?
―――うん、大丈夫。がんばれ、俺。
「俺は叶がいちばん好きだからなっ」
これだけは言わなきゃと思い立って、勢いよくそれだけ言って布団の中に潜り込んだ。俺のことだからまた顔がゆでダコになっているはずだから。心の中ではいい慣れている言葉も、実際、本人に向かって言ったのは初めてだったから。
叶が今度は布団ごと俺を両腕で包みこんだ。
「僕も晴季が大好きだ」
叶とはお隣さん同士で幼馴染で、いつでも傍に居て一番近い他人で。だからこそ、あえて言わなかったし、言えなかった言葉だけど、言ってよかったと思った。たった一言なのに、それだけでぽっと火が灯ったみたいに胸が温かくなる。俺はきっとタコと張り合えるぐらいに赤くなっているだろう顔を布団から覗かせた。叶のきれいな顔が近づいてくる。
両思いを確認したところで俺たちは今日初めてのキスをした。
仲直りのキスだからいっぱいしたかったんだけど、あんまりゆっくりはできなかった。キスに夢中になっていたところに『晴季ー…』と母さんの声が遠くから聞こえてきたから。
やばいっ、早く家に戻らないと母さんが起こしに来ちゃうよ……。
―――がっくり…。二人いっしょにため息が出て、叶も俺も笑ってしまった。
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