HAPPY SWEET ROOMT------17 恋愛サーカス
HAPPY SWEET ROOMT
17 恋愛サーカス
日曜日のお昼。時間を確認してみると、待ち合わせの十五分前だった。
「ちょっと早く来過ぎたかな〜」
男と待ち合わせする時は、時間ちょうどだったりまたは少し遅れ気味な俺が、今日に限っては十分前行動と優等生だ。
なんせ今日は……。
「有ちゃんはまだだよねー」
きょろきょろと辺りを見渡したが、目当ての姿はまだない。
有ちゃんと言えば……、そう! 今日は待ちに待った有奈ちゃんとデートの日だ。ロッセの本心を知ってちょっと鬱が入ってた俺だけど、これからは有奈ちゃんが大本命だと気持ちを切り替えて、張り切って早めに部屋を出た。
「やっぱりつき合うなら女の子だよ」
うんうん頷いてみる。今までまともに女の子とつき合ったことがないから、ロッセのエロエロオーラに呆気なく陥落してしまったんだと思う。俺だってオトコだ。大きなおっぱい触ってみたいし、女の子のお尻も揉んでみたい。そんな美味しい思いをしたことない俺は、肝心なところで女の子の素晴らしさを知らないから、普通なら見向きするはずのない筋肉ちょいムキの異世界男なんかに足を踏み外してしまったんだ。元は至ってノーマルだし、素に返れば不自然なことこの上ない。
「ほんと、今までがおかしかったんだよな、俺」
これからは清く正しく己の道を全うするぞー。
俺は気合を拳に込めぎゅっと握りしめた。
そうこうしている内に向こうからお花畑を思わせるようなオーラが漂ってくる。俺はそれを敏感に感じ取って顔をあげた。そして、満面に笑みを浮かべる。
「有ちゃんっ!」
手のひら大に姿を見せた有ちゃんが俺に向かって手を振りつつ駆け寄ってくる。手のひら大が等身大にまで近づいてきて、有ちゃんが俺を見上げ手を合わせた。
「ごめ〜ん。これでも早く来たつもりなんだけど……。待った?」
うおっ、上目遣いがか〜わいっ。
「ぜ〜んぜん。俺も来たばっかり」
『ばっかり』を強調して俺は首を振った。
「そう? よかったぁ」
これこれ、待ってましたこのやり取り!! 野郎とやっても何ら楽しくないけれど、女の子とだと違うよねぇ。
「大丈夫、待ったの五分くらいのことだし。それよりさ、飯まだでしょ? どこ行こうか」
「うーん、どこがいいかなぁ。静太くんはなに食べたい?」
「俺? そうだなぁ。イタリアンでも中華でも和食でも無国籍でも何でもオッケーだけど……。開演までまだ時間があるし、ブラブラ歩きながら適当に入る?」
どこか旨そうな店を下調べしておいても良かったけれど、女の子の方がそういうの敏感だし味も厳しいだろうからって思って、あえて何もせず有奈ちゃんに委ねることにしていた俺は、それとなくお伺いを立てる。
「うん、そうだね。いろいろ見て決めよ」
有奈ちゃんはにっこり笑って俺のジャケットの裾を抓んだ。
「ん?」
思わずカラダが固まる。
「あ、嫌だった?」
首を傾げられて、慌ててブンブン頭を横に振った。そう?と再確認されて、今度はガクガク縦に振る。イヤどころか「可愛いから、それっ! もっとしてくれ、どんどんしてくれ!!」と心の中で叫ぶ。
ああ、こんなことロッセに望めんよな。あんなガタイのいいヤツにひな鳥の如くくっつかれたらうっとうしいことこの上ない。
「とりあえず、行こっか」
俺はだらしなく崩れているであろう笑顔を有奈ちゃんに向けて、思ったより早く打ち解けたという手ごたえに、空いた手でひっそりガッツポーズを作った。
さて、有奈ちゃんと俺は今どこにいるかというと、とある巨大サーカス小屋の近くに来ていた。さっき開演って言っていたのは、巷で話題のアクロバティックなサーカスをこれから観に行くつもりだからだ。前にロッセが言っていた思い出に残るようなデートにすればという提案に乗っかった結論がこれ。有奈ちゃんが果たして俺とのデートが人生初なのかは聞いていないけれど、このサーカスは他の公演プログラムも含めてまだ観たことないって言っていたし、だったらたとえデートが初めてではなくても初めて一緒に観たのが俺っていうことになるから、お互い印象に残るんじゃないかと思ってこれに決めた。俺自身ももともと興味あったから非常に楽しみだ。
「ここにしない?」
しばらく歩いたところで有奈ちゃんが足を止めて、メニューボードを覗き込んだ。見たところ創作イタリアンのお店だ。いかにも女の子が好みそうな雰囲気だけど、だからと言って男の俺が入ってもそう違和感もなさそうな感じだったから、即座にいいよと答えた。
「迷うなぁ、けっこう種類多いね」
運よくあまり待たないうちに席に着くことが出来て、さっそくメニューをテーブルに広げた。
「うん、迷っちゃうよね。いろいろ頼んで分け合う?」
「いいね、そうしよう。有ちゃんの好きなの選んでもらっていいよ。あ、でも、できればパスタはトマト系がいいかな」
「わたしもトマト系好きだな。じゃあ、これにしようよ」
有奈ちゃんが指差したパスタを見て同意する。
「パスタはこれで決まり、と。俺けっこう腹減ってるし、ピザもいっていいかな」
「いいよ。このバジルのなんてどう?」
「あ、うまそ。それがいいね。だったら、サラダは季節のこれでいい?」
「でも、それだとシーフードが乗ってるし、パスタと重なるよ」
「そっか。じゃ、ベタにこのシーザーサラダでいっか」
「うん。だいぶ量あるなあ。ぜんぶ食べ切れるかな」
「大丈夫。俺に任せて」
たったこんな女の子と二人して昼飯選ぶっていうだけで、なんだか子供っぽいけど気分が高揚してくる。そういえば、独り暮らし(実際は同居だけど)するようになってから、バイト先や学食以外でこうして遊びで食べに行くっていうことがなかった。そもそも遊びに行くことさえなかったよな、と思い返してみる。ロッセがいるせいか寂しさが軽減されて、学外でわざわざ誰かと会わなくてもいろいろ事足りていた。ロッセ一人だけで、家族や恋人のような役割を担ってくれていると思う。実際、家事をやってくれているというだけでなく、ロッセはその存在だけで心の隙間にとても心地よくはまる。
だったら――。
ふっとある想像が脳裏をよぎった。
もしロッセが目の前からいなくなってしまえば、俺はいったいどうなるんだろう……。
「静太くん、どうしたの?」
腕を叩かれて、はっとして我に返れば、無言で固まってしまった俺を有奈ちゃんが訝しげに見つめていた。
「ううん、なんでもない」
咄嗟に大丈夫だと取り繕う。
「……大丈夫じゃなさそうだよ」
確かに大丈夫じゃない。それどころか、胸の奥が異様に冷たく感じる。でも俺は、大丈夫だと無理して笑ってみせた。
――ロッセはいつまでこの世界に居るのだろうか。
たぶん、あっちの世界が豊かにならない限りは、こっちに来て食料調達することになるんだろうけど、いつまでもなんて確証はどこにもない。たとえば、向こうで紛争なんかが起こったら、子供第一のロッセのことだからこっちに来ることなんてなくなるだろう。そう考えれば、案外ロッセとの別れなんて呆気ないものなのかもしれない。こんな考え単なる妄想だし馬鹿げているとは思う。けれど、どんな事態であれ、ロッセがあの部屋から消えてしまうのは今の俺にとって耐えられそうになかった。もはや、ロッセがいるということが当たり前過ぎて、あいつなしでは今の俺の生活は成り立たない。
自立しなくちゃ。
急速にそう思った。親の脛かじっている時点でぜんぜんダメダメだけれど、それでも心のよりどころをロッセに置くには不安過ぎる。金の問題はともかく、自分で自分をある程度支えられるくらいにはならなければと心底思った。
***
いろんな考えに囚われてしまってはいたけれど、有奈ちゃんとのデートは楽しかった。女の子と遊ぶというふわふわした高揚感はロッセとはぜったい味わえない。そう言う意味で楽しかった。もちろんサーカスも最高で、一度は見ておいた方がいいという観た人たちの感想にも納得できた。でも、やっぱり頭の隅ではロッセのことが気にかかってしまって、心の底から楽しめたかというと自信を持ってはハイと言えない。そして、それが結果的に自分の中での有奈ちゃんの位置をはっきりとさせた切っ掛けにもなった。
サーカスを観た後、二人してブラブラと服や雑貨の店を冷やかして回った。あれがいいこれがいいとお互いに品物を薦めあっては、また改めて買いに来ようねと笑ってそれを商品棚に戻すというのを繰り返す。その時々で見せる有奈ちゃんの笑顔は何度も俺の胸を温かにした。
「ねえ、有ちゃん」
ワンピースを胸に当てて鏡を観ていた有奈ちゃんが俺の呼びかけに振り返った。なに?と視線で窺ってくる。
「俺とつきあわない?」
ごく自然にそう言葉にしていた。今日一日一緒に過ごしてみて、今のところこの土地で、ロッセくらいに大切にしたい存在というと彼女しかいないと実感できた。保険をかけているのかと言われると完全否定はできないけれど、ロッセと同じく彼女が好きなのには変わりない。
動きを止めてしまった有奈ちゃんに俺は微笑みかけた。
「べつに今すぐ答えが欲しいっていうわけじゃないよ。ゆっくり待つから」
有奈ちゃんはうつむいて、ワンピースをハンガーにかけ直した。
「わたし……」
戸惑うように瞳が揺らぐ。
「他に好きな人がいるっていうのも聞いてる。でも、考えるだけでもしてみて欲しいんだ」
「……ほんとに? 考えるだけでいい?」
「うん、とりあえずはそれでいい。でも、努力するよ、俺。有ちゃんに好かれるようにがんばる。それでもダメだっていうなら、ちゃんと諦めるから」
口ではかっこいいことが次から次へと出てくる。本音で言えば、胸にある寂しさに有奈ちゃんの存在がなんとも言えず優しかったからだけど……。もし、これで本格的に有奈ちゃんに振られたとなれば、俺どうなるかな。ショック、受けるのかな。なにも感じなかったと考える方が今の俺には怖い。それはきっと、自分が思う以上にロッセにのめり込んでいるということになるのだから。
「……うん。わかった」
有奈ちゃんはすこし逡巡したのち、そう答えてくれた。
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