HAPPY SWEET ROOMT------16 夕飯はハンバーグ

HAPPY SWEET ROOMT

16 夕飯はハンバーグ

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「もー、強引なのは布団の中だけにしてくれよねー……」
布団の中ならいいのかよというツッコミはさておき、キッチンで夕飯の支度をしているロッセを背に、俺は携帯を睨みながらバイト先の店長にどう欠勤の言い訳をしようか考える。なんだかんだ言いつつロッセの言いなりになってしまう俺っていったい……、とは思うけれど、気持ちが沈んでいるように見えるロッセの今の状況をつくってしまった原因はたぶん俺にあるわけだし、このまま放ったらかしにしてバイトに行ってしまうのはなんとなく気が引ける。というわけで、俺はため息をつきつき店の番号をプッシュした。
「私が話そう」
えっ? と思う前に、いつの間にか後ろに立っていたロッセに携帯を取りあげられる。
毎度毎度、忍者みたく忍び足が得意ね……、じゃなくって。
「ちょ、ちょっと、なに?」
慌ててロッセの手から奪い返そうとしたら、リーチの差は歴然で、ひょいと楽々かわされる。任せろとばかりに手で制されて、そのうち小さく判然とはしないけれど、店の人らしき声が携帯から漏れ聞こえてきた。
「――もしもし、そちらでお世話になっている紺野静太の友人ですが、店長はいらっしゃいますか」
いつものロッセとは違う、不遜を感じさせない丁重さで店長を呼び出す。
「――お忙しいところすみません。紺野君の友人で安藤と言いますが」
いつからアンドーさんになったのよ。
「本人が電話に出られない状態でして……」
ピンピンしてますが。
「ええ、風邪をひいているようです。本人はたいしたことはないとは言っていますが、念のため無理せず休ませた方がいいかと思いまして……」
ずいぶん友達思いですねー。
「ええ、申し訳ないですが、今日は欠勤ということで……。ご迷惑をおかけするとは思いますが、よろしくお願いします。はい……。伝えておきます。では――」
「なに勝手に電話してんのっ」
通話が切れた途端、俺は口を尖らせてロッセに言い募った。
「言い訳に迷っているようだったからさ。それに、休むことになったのは私の責任でもあるしね」
ロッセはこともなげにそう言って、さっさとキッチンに戻ってしまう。
うー、俺の悩んでいた時間を返せー……。って、そんなにも悩んでいなかったけどさ。
でも、代理で電話するとは、まるで保護者ね。
ロッセの後ろ姿に向けて文句をブチブチ零しつつ、それでもなにか手伝えることはあるかなとキッチンに入った。そして、ロッセにアレを切れコレを混ぜろと指示されてせっせと動き回る。実家じゃ母親に甘えて手伝いなんてほとんどやらなかったけれど、今じゃバイトで多少そういった仕事もやっているのもあって、料理の手伝いくらいなら少しはこなせる。とはいえ、ロッセの手際良さにはかなわなくて、おんぶに抱っこ状態なのは否定できないけれどね。今も俺がほとんど手を出さないうちに、夕食の準備が整ってしまった。あんまり料理できないぶん、せめてテーブルセットだけでもと、出来あがった皿をせっせと運んで、箸とグラスを並べた。それを見止めたロッセが口の端を上げ席に着くと、俺もそれに倣って椅子に座った。
早速いただきますと手を合わせ、箸を掴みとる。
「ハンバーグうまーっ!!」
今日の夕飯はハンバーグ。腹が減っていたのもあって、口に広がるデミグラスソースは半端なくうまい。肉汁も玉ねぎの甘みも最高。お子様メニューが好きな俺にとってハンバーグはたまらない。うまいうまいと連発しながら次々口に放り込んだ。
「そんなに喜んでくれるとはね。作り甲斐があるな」
向かいでは俺の食べっぷりにロッセが苦笑してはいるけれど、まんざらでもなさそうだ。
「これも村瀬さんに習ったの?」
「そうだ。ああ見えてムラセはなんでも器用にこなす」
「不思議だよね。生活感なんて丸っきりないのにさ。でも、それを言えばロッセもか」
「私など子供の面倒を見ているくらいだ、生活感の塊だがね……」
「見た目だけじゃ信じられないけど、そうなんだよねぇ」
いや、まぁ、今はぴよぴよエプロン姿だから、まったくとは言い切れないけどさ……。どっか貴公子然としてるからなー、ロッセって。神官という職業柄、ちょっと浮世離れして見えるのは仕方ないのかもしれない。
「さっき荷物送ったけど、子供たち喜んでくれてるかな」
子供繋がりで今日の作業を思い出す。
「ああ、そうだな。きっと今日の夕餉はユーイッドが奮発しているはずだ。腹いっぱい食べていると思うぞ」
「そっか……、よかったね」
ロッセは頷いて微笑んだ。
「お前が手伝ってくれて助かった。ありがとう、セイタ」
「ううん、お役に立ててよかったよ」
その笑顔が本当に優しくて、俺は照れくさくて俯いてしまった。
「そ、そういえばさ。あの段ボール、大量だったけどよく運べたよね」
「もう何度か送っているから慣れたな。最初の内は手際が悪くて送り損ねたこともあったが」
「えっ、送り損ねたって、そんなことあったの?」
昼間はけっこう楽々送っていたような感じで、ユーイッドさんをからかう余裕さえ見せてたのに。
「今日セイタに野菜を洗うのを手伝ってもらっただろう? 何故かと言えば、向こうの世界からこちらに来るまでの、いわゆる道のようなものだが、どういうことか極端に穢れを嫌うんだ」
「穢れ――?」
「そうだ。端的に言えば汚れのようなものだが……。私がこの世界に来る場合も徹底的に穢れを落としてからこちらに飛ぶ」
「ここまで来るのに、洗って綺麗にしなくちゃならないってこと?」
ロッセは箸を置いて、神妙にうなずいた。
「身体だけではなく心も清めてからこちらに来る。単に洗うというだけではなく、向こうでポートの役割を担う水鏡、つまり湖のような鏡のことを言うんだが、それに六時間以上浸かって心身を清めてからではないと来られない」
「ろ、六時間も?」
「ああ、試したことはないが、恐らくそれを怠ると身がボロボロになって、ここまで辿り着けないだろうな」
「ボロボロ……」
「野菜を初めて送った時に洗うのを怠りそのまま送ったんだが、十数箱送ったところ三つほどしか届かなかったそうだ。しかも、段ボールは側面が切り刻まれた状態で」
「こ、怖っ」
「こちらにも水鏡があればいいんだが、生憎と水鏡も代替できるものもない。そこで、仕方なくまっさらな箱と布で厳重に包み、且つ呪文で縛りつけて送っているんだ。それでも多少傷がついてしまうが」
「毎回大変なんだね……」
一日仕事だった、今日の一連の作業を思い出して、俺はしみじみ呟いた。
「だから、さっき言っただろう? あまり向こうに帰ることはできないんだ。毎度命懸けなのでね」
「あ……」
「向こうに行く度全身傷だらけになり、治癒に時間がかかればこちらに戻ることができず、金を稼ぐ間がなくなる。且つ向こうに食料を送れない。悪循環だ」
「そっか……」
ロッセの表情は淡々としていたけれど、それが却って内に秘めた寂しさやあきらめとか、いろいろなものを内包しているように思えて、俺はロッセの代わりと言うにははばかるけれど、胸の奥からえも言われぬ感情が込み上げてきて目に涙を溜めた。
「どうして泣く」
ロッセは目を眇めて俺に手を伸ばした。いくら腕の長いロッセでも俺の顔までは届かなくて、テーブルに置いた手をそっと握られる。
俺は首を左右に振った。
「わかんないよ。でも、きっと……、ロッセが泣かないからだ」
ロッセの瞳が少し驚いたように開かれて、そして、困惑気味に眉を下げた。
「私の代わりに泣くことはない。前に言っただろう、別に自分の置かれた状況を悲観しているわけではないと。……お前は、私を戸惑わせてばかりだ」
「ご、ごめん」
「いや、お前のせいではないさ。ただ……、自分に呆れるだけで」
「呆れる?」
「私は、子供達や神殿の仲間の為にと、せいいっぱい自分のできることをやっているつもりだ。だが、一方、そのせいでセイタに迷惑ばかりをかけているような気がしてならない。お前はああだこうだと私に対して不満を口にはするが、言うだけで、自分の利になることを何一つ求めてこないだろう? 結局、一番気をかけるべきお前に、私は何もしてやれていないじゃないか」
真剣な眼差しの、真摯なセリフだったけれど、俺は妙な引っ掛かりを感じた。
「一番気をかけるべきって……、どういうこと?」
「お前の部屋に住まわせてもらっているうえ、セックスの相手をし、梱包の手伝いもやってくれただろう? 気をかけて当たり前だ」
俺はちょっと唖然となって、怪訝に眉を寄せるロッセを見た。
自分で言っていて、気づいてない――?
「……なんだよ、ソレ」
それじゃあまるで、俺たちの関係はギブ・アンド・テイクだっていうふうに聞こえる。俺はただの気のイイ家主だって……。
言葉を失ってしまった。
確かに、当初は利害関係のうえに同居が成り立っているようなところはあったけれど、でも、ロッセの個人的な事情や人となりを知るにつれ、そんなことどうでもよくなった。同居してまだ間もないというのに、喜怒哀楽を共にして、濃密な時間を過ごしていたと思っていたのは、俺だけだったのだろうか。単なる同居人から、ほんの短期間だとはいえ、苦楽を分かち合える友達、そして、片想いの相手とまで自覚するくらいに、大事な存在だと思っていたのは、俺の勝手な思いあがりなのだろうか――。
……たぶん、今のロッセの言葉からすると、そうらしい。
気づきたくはなかったけれど……、気づいてしまった。
「……俺に、気をかける必要なんかないよ」
ロッセの手を自分から退ける。
「セイタ?」
徐々にうつむいてしまった頭上から、ロッセの気遣わしげな声が聞こえるけれど、俺はなにも反応を示せなかった。単なる同居人への配慮なのだと思えば、むしろ、そんなことしてくれるなと思ってしまう。
「傍にいられるだけ幸せだ、なんて思ってたんだけどなぁ……」
ポソッと呟いてみる。ロッセは無言で、それを今はありがたいと思う。
――完全なる片想い決定だ。
失恋だとは、まだ断定したくなかった。好きだと言うつもりもなかったけれど、まったく可能性が無いと決めつけるのも寂しい。それが、身勝手だとはわかっていても――。
そもそも、ロッセが俺のことなどなんとも思っていないという兆候はあったよね。俺がその事実に目を背けていただけでさ。だって、有奈ちゃんとデートに行くっていう話をした時も、ロッセってばなんてことないような感じだったし、ほんと変な言い方だけど、男同士の普通の会話をしただけで、嫉妬も勘ぐりもなにもなかった。それって、俺のこと恋愛対象に見ていないってことじゃない? セックスはできても、恋愛はできない、みたいなさ。
「……つまるところ、都合のいいオンナってやつか」
考えれば考えるほど、自分が女々しくなっていくのが嫌で、俺は無理やりグイと涙を拭うと、わざとらしいくらいニッカリ笑って声を張りあげた。
「ごめん、なんでもない。ちょっとナーバスになっちゃった。もう、この話はやめようよ。俺には家事をしてくれるだけでじゅうぶんだし、気にしなくていい。また、このハンバーグつくってよね」
そして、残りのハンバーグを口いっぱいに頬張った。
――なにが『恋愛ごとには鋭いつもりだ』だよ、馬鹿ロッセ。
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