HAPPY SWEET ROOMT------12 夢と、夢?

HAPPY SWEET ROOMT

12 夢と、夢?

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常々ロッセは俺のことを子ども扱いするけれど、実際は三つほどしか変わらない。十代と二十代の差は大きいなんて言われても、これじゃ子どもどころか幼児並みの扱いだ。俺はちょっとムッとしてヤツの手首を掴んで、頭から引きはがした。
「ちょっと、やめてよ」
「ふさいでいたのに、もう立ち直ったのか」
ロッセが今度は反対の手でうまい具合に真上から俺の頭をグリグリする。
背が高いって自慢したいわけー!?
「それとこれとは別っ!」
そんなイタズラ無視すればいいのに、からかわれるとムキになってしまって、まるで猫がじゃれあうように俺たちは手の攻防戦を繰り広げた。ロッセは動体視力がいいのか、余裕で俺の繰り出す猫パンチをよける。けれど、不意になにかに目を止めると、俺の手をパシッと掴んで止めた。
「お待たせ」
他所から声をかけられ、なんだと思ってロッセの視線を辿れば、さっきの農家のオジサンが段ボールを積んだ台車を押してきていた。可笑しそうな顔をされ、慌てて猫の手を後ろに隠す。
もー、ロッセのせいで笑われたじゃん。
「わるいと思って急いで来たけど、もっとゆっくりでもよかったかな?」
俺の方を見てにっこり笑われる。
うー、居たたまれなさ過ぎる。これじゃ子ども扱いするなって言えないぃ……。
「これで全部ですか」
たぶんロッセも含めて笑われたはずなのに、ヤツは平然と野菜を指差して言った。オジサンが一つ頷いて「車まで持っていこうか?」と申し出てくれる。
「いえ、大丈夫です。後から台車だけ返しに来ますので。それから、御代は……」
オジサンはいかにも忘れてましたというように、ポンと手のひらを叩いて頭をかいた。
「そうだったそうだった。今回は規格外のも入ってるから安くしておくよ。形は悪いけど味に問題ないから」
「助かります」
それからオジサンは電卓を取り出してパチパチ始めると「内緒だよ」と言いながらロッセに弾き出した値段を見せた。ロッセが申し訳なさそうな顔で「ありがとう」と財布から札を数枚取り出して手渡す。
「いつもお世話になってるからね。……アッと、台車は使ったらここに置いておいてくれるかな。毎度ありがとうね」
そして、オジサンは店の奥から呼ばれたのを機に、小走りに去って行った。その際に手まで振って「また今度」と、出会ったときにも見せた人懐こい笑みを浮かべて。
「感じのいい人だね」
俺も自然と笑顔になり、手を振り返す。右上を見ればロッセもうれしげに微笑んでいた。
「ああ、私の方が世話になっているくらいだ」
「うん、わかる気がするよ。気がよさそうだもん。逆に損してないか心配になるね」
ほんの短い時間しか会っていないのに心に温かいものを感じる。
「何か礼をしたい気持ちはあるんだが、以前に世話になっているからと言って金を大めに渡したら、次来た時に値引き額を増やされてしまってね……。こちらが客なのにあの人には頭が上がらない」
「つき合いは長いの?」
気になって聞いてはみたものの、村瀬さんによればロッセが日本に来てから一年そこそこらしいんだけどね。
「いや、まだ半年も経たんな」
ロッセは俺の背中に手をやり、方向転換すると台車を出口に向かって押してゆく。
「えっ? でも、ロッセって一年前に来たんだよね」
「そうだが?」
「来てすぐ野菜を向こうに送ってたわけじゃないの? それとも別のところで――?」
ロッセは急に立ち止まった。出口のところで台車が引っかかったらしく、野菜がゴトゴト鳴る。かまわず外に出れば風が荒れて、ロッセの前髪がそれに靡いた。
なんとはなしに気まずい空気が流れ……、ロッセはやっと徐に話し出した。
「来たばかりの頃はこちらの生活に慣れるので手いっぱいだったのもあるが……。それよりもなによりも、私の身体で一定期間試したかった」
少し言い淀んで口をつぐむ。そして……、
「この世界の食物が私達に害がないかどうかを、ね」
言い終えて、ロッセはフッと息を吐き出した。
「私なりの治験とでも言うべきか、本当はもっと時間をかけたかったんだが、腹をすかせた子ども達を長く待たせるわけにもいかず……。それで仕方なく、四・五カ月前からだ」
ことあるごとにもともと住む世界や体質がちがうんだと思ってはいたけれど……。
「……そうなんだ」
やっと今はっきりと実感できたような気がした。
「送る野菜もできるだけ無農薬に近いものにして、加工食品は添加物が心配だから送らないようにしている。だが、さすがに薬となると……、私もまだ怖くて試してはいない」
「うん……」
「それに、無理に薬を飲んで気でも狂ったり死んだりしたらと思うとな……。ただでさえ神殿では人手不足なんだ、こんな私でも欠けたら子ども達が困る」
「あっちに薬はないの?」
「あるにはあるが、高額でしかも流通自体ほとんどない」
「そっか……」
ロッセに初めて会ったときには、いかにもセックスが目的で日本に来ましたというような感じで言っていたのに……。聞いていた以上に負荷を背負ってこの世界にやってきたのかもしれないと思うと気持ちが沈んだ。
「そんな深刻になることはないさ」
俺の心を気取ったらしいロッセは明るく言うと、立ち止まって俺のつむじに軽く口づけた。
「私一人で子どもの面倒を見ているわけではないし、もちろん仲間もいる。それに、ここにはセイタもいるじゃないか」
「でも……、俺にはなにもできないから」
カラダのつくりはちがうし金はないし、あえてできることと言っても部屋の提供くらいなもので――。
うつむいていると、吐息だけの笑い声が聞こえて、ロッセが俺の耳近くに口を寄せてきた。
「セイタが来てからというもの、私の相手をしているのはお前だけだ」
言われた単語の一つが頭のなかをリフレインする。
私の相手……、相手って……、……っ!!
耳の底でボッと火のつくような音が聞こえた。と同時に一気に顔が熱くなる。
「ロロロ、ロッセ!!!」
こんな真っ昼間からなに言ってんだよっ! 時と場所を考えろって!! さっきもどさくさに紛れてチューしてたしっ!! ド変態エロ魔人バカ恥ずかしいヤツ、いっぺん死んでこーい!!
……だが、怒鳴りつけようとした台詞は、情けなくも頭に血が上ってアワアワするだけなに一つ言えず、結局マヌケ面になるばかりだった。
それを見たロッセが呆れた顔で笑いつつ、俺の頬をムニッと抓む。
「今更だろう。それに、周りに聞いていそうな人間はいないぞ」
少し落ち着いてキョロキョロ視線を巡らせれば……、駐車場だから当たり前に車があるばかりで人影はほとんどない。また別の意味で頬が熱くなった。
「……バカ」
おかげでやっと言えた苦情はふがいなく、小声の頼りないものになってしまった。
「お互いさま。さて、戻るとするか」
ロッセは目尻を綻ばせると、すでに軽トラの側に着いていたのでその荷台に乗り上がり、「段ボールを積むから順番に渡してくれ」と言って、俺が手渡すがまま次々と箱を積んでいった。
「ハイ、これで最後」
力仕事と聞いていた割に難なく済み、身軽くロッセが荷台から飛び降りる。そして、ロッセは借りていた台車を返しにまた店へと戻って行った。軽トラに残った俺は、なんとなくさっき聞いた試験の話を引きずったまま、沈んだ気分で車体にカラダを預けていた。

「どうした」
台車を返却して戻ってきたロッセが、いまだ落ち込む俺を見てすかさず尋ねてくる。でも、俺はかぶりを振って否定した。
「ううん。なんでもないよ」
「私の話のせいか」
顔に笑みを張り付けて言ったけど、ロッセには通じなかったようで、かえって深刻な顔で聞かれた。こんなときに機転の利かない自分にますます気が落ち込む。
「うん、まぁ……そうかな」
けっきょく素直に認めてしまって……、ロッセがどう受け取ったか気になって顔を見上げた。視線がふと合って、そしたら優しげに微笑まれる。まるで小さな子どもに向けるような、心とカラダすべてを包み込むような笑み。我知らず俺は惚けてそれを眺めた。
「ああは言ったが、別に私は悲観しているわけではないぞ」
笑みと同じく優しい声。その声がじわじわ心に染み入って、俺はどこか気恥ずかしく胸を抑えて視線を逸らした。
「だってさ……」
「こっちに来てからというもの、私はある程度自由を満喫しているし、ホストとはいえ稼いだ金で皆の食料を買える。少々責任は重くなったが、自ら進んでやっていることだ。苦労とも思わないさ。……それに」
「うん」
少しだけ言うのを惑って、でも次にはしっかりとした声が頭上に聞こえた。
「ここに来て夢ができた」
俺は視線をあげる。そこにはロッセの真っ直ぐと前を見据える瞳があった。
「夢?」
「ああ。今はまだ秘密にしておきたいが……、いつか叶えたい夢がある」
ロッセが視線を下ろして俺を見つめる。その瞳に魅入られるように俺も見つめ返した。
どちらかと言えば表情の薄いロッセ。でも、瞳には顔に表れない感情が露わになる。
ロッセの言った夢――。
瞳の表情だけでは夢の内容まで把握できはしないけれど、未来に夢を持てるだけの希望が心にあるんだと、そう俺には思えた。悲嘆しているだけではないのだと――。
「……悪いことばかりじゃないって言いたいんだね」
「そうだな」
感じたままを伝えると、ロッセは生真面目にうなずいた。
「うん……。わかった」
本音を言えば教えてほしいし、聞きたい気持ちもある。それに、ロッセが言えないということは、その夢に俺は関わりないのかもしれないと思えば、単純に寂しい。けれど、もし俺になにかしら手助けできるようなことがあるとするなら、俺は全力でその夢を応援しよう、そう心に決めた。
「セイタにも夢はあるのか」
暗い方に向かっていた話題を変えるような感じでロッセに聞かれ、俺はうーんと考え込んだ。
つい最近までは大学に入るのが夢というか目標だったけれど……。
考えていたところにある物体が目に入り、俺はこれだと思って言うか言うまいか迷いつつロッセを見上げた。おそらくロッセの夢に比べたらささやかどころか、ふざけているのかと捉えられかねない。けれど、差し当たっては俺にとって死活問題だ。
俺は一時間ほど前まで悩まされていたソレに、思わずため息を吐き出した。
「……あんまり言いたくないけれど」
「ああ」
そして、うんざりと軽トラを見やった。
「免許取るよ」
また帰りにこれに乗らなければならないのを思い、前々からほしいとは思っていた免許だが本腰を入れようと決意する。
それに対してロッセは不満そうに口を開いた。
「ここまで無事についたじゃないか」
「もし警察に捕まったら、どう言い訳するつもりだよ。無免許には変わりないだろ?」
俺はロッセ風に片眉をあげた。呆れてますよという表現。
ロッセはあからさまに嫌な顔をして、けれど真剣な面持ちで腕を組んだ。
「ムラセに頼んで偽造を……」
……いや、対処の方向まちがってるから――。
「……たまにロッセって神官かどうか疑っちゃうよね」
俺はがっくり肩を落として、自称神官に向けて目いっぱい白い視線を送る。
だってさー、そもそも聖職者といえば世の中の規範的存在でしょ? けっこうそこらへん無視してるよね。ホストだしエッチだしエッチだしエッチだし……。
俺が一人ブツブツ言ってると、底冷えする声が響いてきた。
「置いて帰るぞ」
「ゲ。あ、でも電車かバスに乗って帰れば」
そっか、最初からそうしていればよかった――!
言い案だ、そうしよう、そう思っていると更に胡乱な声が被さる。
「バス停まで歩いて一時間以上かかるうえ、駅までとなればさらに三十分だ」
遠っ! そんな体力ないし!!
「……他に方法はないの」
「ヒッチハイクでもすれば別だが」
「なんだよソレ……」
「さて、私はこの車で(強調)帰るから、後でまた落ち合おう」
ロッセは嫌みたらしく言うと運転席のドアを開けた。乗り込もうとするヤツを慌てて引き止める。
ヒッチハイクなんてできるかー!!
「あーわかったよ乗ればいいんでしょ。いいよわかった。どうせロッセ一人を車に乗せるのも不安だし乗るよっ」
最後の方はもう勢い任せに言った。
「失礼な奴だ」
渋面で運転席に乗ろうとしたロッセ。意味もなく内心「勝った」と思った俺だったが、ロッセは不意に俺に向き直り、ニヤリと口の端を吊り上げた。なぜか見る見るうちにヤツの表情に甘い色みが帯びてゆく。
「うるさい口を塞ぐ手立てをすっかり失念していた」
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