HAPPY SWEET ROOMT------11 ビジュアルより利便性

HAPPY SWEET ROOMT

11 ビジュアルより利便性

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ロッセも俺も土曜日になるまでお互い忙しく、とうとうどこへなにを買いに行くのか聞けることなく当日を迎えた。ロッセは明け方近くまで仕事だから俺が寝てる間に帰ってきて、仮眠もそこそこに買い物するのに準備があるからと、すぐ戻ると伝言を残し早朝から一人出かけて行った。俺はと言えばその間暇だったので、いつも食事をつくってもらっているお礼というにはかなりお粗末だけれども、簡単に朝食を用意した。とはいえ、バターを塗ったトーストと、缶詰とヨーグルトを混ぜただけのフルーツポンチという超お手軽なもの。ロッセならもう少し手間をかけてくれるが、俺の力量なんて今のところこの程度が限界だ。

「おかえり」
紅茶を淹れ終えたところでタイミングよくロッセが帰宅した。
「ただいま、待たせたな。お、いい香りがする……私の分もあるのかな」
紅茶の香りにつられてキッチンを覗いたロッセはフッと頬を綻ばせた。
テーブルの上にはどの器も一対ずつあるのになに言ってんだか。
俺は妙に照れながら、心のなかで悪態をついたが口には出さず、ただ「先に座ってて」とだけ伝えて後から自分も席に着いた。
「これ食べたらすぐに出掛けるぞ」
椅子に腰を下ろして早々、ロッセはそう言ってトーストを齧った。下品ではないけれど、その様子は気ぜわしい。
「急ぐの?」
「ああ。本当はもっと朝早くに出たかったんだが、準備が当日になってしまったからな」
「あのー疑問なんだけど、買い物に準備なんて必要なわけ?」
「郊外に行くから、車を借りてきたんだ」
「だから、どこ行くのよ」
「行けば分かるさ」
「それ、前も聞いたし」
俺は多少ふてくされながらパンの欠片を口に放り込む。それを見たロッセが喉を詰まらせるなよと俺の側に置いてあった紅茶入りマグカップを手にとって差しだした。
「しっかり食べておけ。力仕事になる」
「力仕事って……、どんだけ大量購入するんだよ」
俺は目の前のフルーツポンチを眺めた。
こんなんじゃ力つかなさそー……、もっと肉々しくすればよかった、ハァ……。
肩をがっくり落とした俺は、安易に買い物につき合うなどと言うんじゃなかったと、お手製朝食を前に早々疲れた吐息をついたのだった。

朝食を終えた俺たちは、すぐに着替えをして戸締りすると部屋を出た。鍵はロッセに任せて一足先に外に立った俺は晴天の空を見上げ大きく息を吸い込む。買い物日和なんていう言い方はあまりしないけれど、買い物はついででただドライブに出かけるのだと無理やり思い込めば、なかなかいい天気だ。
「さぁ、行くぞ」
俺を通り過ぎ先導するように前に出たロッセに慌ててついてゆく。そして、あれに乗ってゆくとロッセが指差した車を見た俺は、一瞬、ポカンとした。
「……アレ?」
大量に買い物するとは分かっていたが、メーカーはともかくハッチバックとかミニバンかなにかを用意しているんだろうと勝手に思っていた。
「どうかしたか」
急に立ち止まった俺に気づいたロッセが、数メートル先で不思議そうにこっちを見ている。
「……いや、べつにいいんだけど……。なんか無性に行きたくなくなってきたかも……」
そこにあったのは、いわゆる軽トラだった。
いや、軽トラ自体はなにも悪くない。俺が言いたいのは、車種がどうとかそういうのではなくて――。つまり、
……荷台がいるほどなに買うわけよ。家具でも買うの、引っ越しするのー!?
が、正直な感想だった。
それにさ……。
改めて軽トラとロッセを見比べる。
かたや荷台の横に<野菜ならハナマル屋>と描かれたおんぼろトラック、
かたやキラキラした清潔感あふれる空気を醸し出すロッセ。
………。
「……どう見ても似合わなさすぎるでしょ」
今日のロッセの恰好はかなりラフだが小ざっぱりとしたもので、スーツビシッやエプロンぴよぴよではない。普段身につけているスーツやエプロンよりかは格段に軽トラには似合っているとは思うが、ただ雰囲気が……、オーラが……、
見事に反発しあっている。
「どうしたのソレ」
とりあえず俺はなぜソレをもってきたのか聞いてみた。
「この車のことか? ムラセの伝手で借りてきた」
「うん、それはそれでいいんだけどさ、もっと他になかったの」
「これでは都合が悪いのか」
ロッセの眉がひそまる。今まで問題なかったぞと言いたいようだ。
「いや、俺はいいけど、ロッセが無理だと思って」
「私の何が無理なんだ」
ロッセの眉がますます中心に寄る。
「すべて?」
「……何が言いたい」
はっきり言うべきか言わざるべきか……。言えばロッセのことだからまた「なんだそんなことか」と流されるのは目に見えてるかもしれない。
思わず俺は天を仰いだ。
……言うだけ無駄ね、きっと。
「やっぱいい。単に利便性をとったと思うことにするよ……」
「……分からんヤツだ」
ロッセは俺に倣ってちらっと空に目を向け肩をすくめると、さっさと運転席に乗り込んだ。俺もロッセに続いて反対側に乗り込む。そして、ロッセの行くぞという声と共にエンジン音が響き、押されるような感覚を背中に感じつつ軽トラはゆっくりと動き出した。難なくマンション前の細い道を抜け、大通りに入ると流れに沿ってスピードを上げてゆく――。
(まだ百メートルほどしか走ってないが、ここまでスムーズに来て問題はない)
自分に言い聞かせたくて、俺はその言葉を噛み締めるように反芻した。
(そう、車に問題はない……、ないのだが……)
俺はシートベルトをしっかり締め、なおかつウィンドウの上のグリップをギュッと握り込んだ。
「ところでさ、ここまで流れ作業的でつっこめなかったんだけど……。ロッセってさぁ」
重要かつ肝心なことを聞こうとしただけに、緊張感で背中にツツッと冷たい汗が流れる。
隣でロッセが運転しながら、何だという視線を寄越してきた。
思い切って聞いてみる。
「……車の免許、持ってんの?」

※ 運転免許証の取得及び所持 = 車を運転するための必須前提であり基本的確認事項。

もうすでに走っているというのにかなり今更だが、免許取るには身元証明や住民票がいるしもちろん試験も通らなければならないとなれば、ロッセにとって取得はかなりの難関だと思うんだけど……ね。
だが、恐る恐る尋ねた質問に対して、ロッセはこともなげに答えた。
「いいや?」
「うんうん、そうだよねー」
持ってて当たり前――……。
……いいや?
うなづきかけた俺は、だが次の瞬間ムンクの叫びも真っ青に、グワッと大口を開いた。
いざ、逝かん。

「今すぐ降ろしてくれぇええええええ!!!」



***


出発してから車で一時間ほど走ると、徐々に緑や住宅が目につき始める。そんな街並みのなか突如現れた巨大駐車場に入ると、俺は震える手でシートベルトを外しドアの外にへたり込んだ。
「死ぬ……」
「大袈裟だな。安全運転だったろう」
そう言ってロッセは―呆れたときの癖である―片眉をあげて白い視線を投げつけると、俺を置いてスタスタ歩いていってしまった。
確かにロッセの運転はおおむね丁寧なものだった。だが、もし事故に遭ったら警察がいたらと思うと気が気じゃない。
「どこのどいつだ、ロッセに運転教えたのは」
ドライブ中おおいに気になったことだが、けっきょく最後まで聞くに聞けなかった。下手に聞いてまともな人間ではないとなれば余計怖くて、走行中だろうがなんだろうが思わずドアを開けてしまっていただろう。
もし、村瀬さんに教えてもらったなどと聞いた日には……、想像したくない。
「まだお昼前なのに、ものすごく疲れた……」
青息吐息ようやく立ち上がると、俺はぐるりと周囲を見渡した。居並ぶ車のナンバーを見れば、近隣のみならず遠方からの来訪も多いようだ。
「ここはいったい……」
ロッセが立ち去った方を見やると、女の人の比率が多く皆カートを押している。その先には大きな駐車場に見合う巨大店舗がドンと構えていた。入口の上に掲げられた店舗名が目に留まる。
「……農作物直売所」
――野菜なんて近所でも買えるのに……? 節約気質もここに極まれる、とか? でも、ガソリン代がかかってるし……。
疑問に思いつつ、俺は今日起こった一連のあらゆる出来事の元凶の姿を追って、やや小走りに店舗に向かった。
「けっこうにぎわってるなー」
店内に入れば野菜や果物などの販売だけではなく、地方の特産品コーナーやB級グルメのお食事処なんかもあって、オバサンたちがひしめき合っている。そんななかロッセの銀髪高身長はとくに目立って、すぐに見つけ出すことが出来た。
人混みをかき分けてロッセに近づくと、ヤツは農家らしきオジサンに声をかけられていた。
「お兄ちゃん、久しぶりだね。電話で連絡もらっていたから今日は多めに持って来たよ」
オジサンの人懐こい笑みにロッセの顔も和らぐ。
「ありがとう。ではさっそく、足が早いのは二箱程にまとめてもらって、日持ちするのは各々一箱ずつもらっていきます」
「わかったよ。根野菜は奥から持ってくるから、菜っ葉類なんかは選んで箱に入れてもらっていいかい」
ロッセがもちろんだとうなずくと、オジサンは裏から段ボール二つを取り出して手渡し、店の奥へ消えて行った。
「ロッセ?」
「ああ、セイタ。来たか」
「買い物ってコレだったの」
俺は野菜を指差して首を傾げた。
「ああ。定期的にここに買いに来ているんだ」
「へぇ。でもさ、野菜なら近所でも買えるじゃん」
「ここの方が値が安いし、それに品質もいい。大量購入もできる」
言いながらロッセは箱を広げ台に並べてある野菜を次々詰めてゆく。あっという間に菜っ葉類が箱のなかで山積みされ、さらにロッセはもう一つの箱の方にもキュウリやトマトを入れ始めた。
「こんなに食べれるの?」
自炊は主に朝か昼だけという俺たちにとって、段ボール一箱食べ切るだけでも一カ月はかかりそうだ。
「私たちが食べるわけじゃないさ」
「じゃあ、なんのためにこんなに買うのよ」
「子どもたちのためだ」
「子どもたち?」
「そう。私の子どもたちだ」
俺はああと思い出した。以前ロッセが言っていた向こうの世界で育てているという神殿の子どもたちのことだ。
「そっか……。貧しんだったね、向こうは」
言ったと同時にその話をしていた時のロッセの寂しげな表情を思い出して、俺はそれ以上なんとも言えず口をつぐむしかなかった。
隣では俺と同じく黙々として、ロッセが手際よく野菜を詰める。そして、作業を終えて箱をガムテープで固定し、黙り込む俺に向き直ると微笑を浮かべた。
「野菜を買いに行くと言ったところで、セイタはきっとここまでつき合ってはくれなかったんじゃないか?」
「ロッセの子どものためだって知ってたならちゃんと来てたよ」
少し気まずくなって上目遣いにボソボソ言えば、なぜかロッセの笑みが深まった。
「分かっていたさ。ただなんとなく、言いづらかっただけだ」
そして、その温かな手のひらで俺の頭をくしゃっと撫でた。
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