HAPPY SWEET ROOMT------09 月夜のあと 夜明け前

HAPPY SWEET ROOMT

09 月夜のあと 夜明け前

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「目が覚めたのか」
瞼の隙間からラベンダー色の瞳が覗いて、俺は不自然に目を逸らした。
「起きてたんだ」
「ああ。といってもついさっきだが……んんっ」
ロッセの胸板が大きく上下して深呼吸したのが分かる。起きるにはまだ早そうだなと思いながら、少し頭をずらして窓を見上げれば、蒼い光が差し込んでいた。
まだ、夜明け前だ。
「この時間……好きだな」
ひとり言のように呟くと、ロッセも俺に倣って窓を見上げた。
「まだ陽も昇ってないじゃないか。いつもならぐっすり寝ている時間だろう?」
「そうなんだけどさ……。こう、いっせいに景色が蒼くなる感じが好きなんだよ」
「ああ……夜が明ける前が好きなのか」
「そ。なんか嵐の前の静けさみたいな……」
ロッセが身じろいで俺を抱き込んだ。
「どうした。昨夜からお前の言うことがあまり理解できないな」
あきらかに挙動どころか言動も不審だったもんね、昨日はとくに……。
「そんなの元々じゃない?」
なんてしらばっくれてみる。だって、まだ昨日のことをつっこまれるのは困るし。とりあえず夜明け前好きなもっともらしい説明を考えるか。
「どうしてそう誤魔化す」
不信感たっぷりに言われて、俺はロッセ風にワザとらしく仕方ないなーというようなため息を吐いた。
「わかったよ。夜明け前ってさ、まだほとんどの人たちが寝静まっている時刻じゃん。まだ街は静かなのに、みんながこれから動き出すぞっていう力の息吹を感じて、その不思議さが好きなんだ。だから、夜明け前に目が覚めたときには、すっかり明るくなるまで外の景色を眺めてたりする」
「そうなのか」
「そうなんだよ」
神妙にそうかとうなずかれてちょっと申し訳ない気持ちになる。でもまんざら嘘でもないし、居心地悪くロッセに抱かれるままでいた。
「ロッセはどの時間が好き?」
「私か……。私は月夜が好きだな。三日月があればなおいい」
「へえ。それはこっち? それとも向こう?」
「こっちも向こうもだ。どちらの世界も自然現象に関してはほとんど変わらない」
「そっか」
「ああ。だから向こうにだって満月も三日月もある」
「ふぅん。でも、よかったね」
俺は抱かれるままだけなのをやめて、ロッセの腰にしがみついた。そして、がんばってラベンダー色の瞳をひたと見つめる。
「だってさ、環境が違えば違うほど、馴染むのに時間がかかるし戸惑うもんだろ? 故郷と少しでも似通ったところがあれば、心が落ち着くだろうからさ」
「そうだな……。苦労したこともあったが、それだけでもなかったな」
そして、ロッセはククッと何かを思い出して笑った。
「気持ち悪っ。思い出し笑い?」
きっと俺とはかかわりない思い出なんだろうよと、ブスッと言い返してやる。
「ああ……。いや、当時は真剣に苦難だと思っていたことが、今思い返せば笑えるものばかりでね」
「たとえば?」
ロッセは手のひらを頭に敷いて天井を見上げた。自然と俺の頭から腕が離れて少しさみしくなる。
あーもー、俺ってば乙女。……乙男?
「人との会話に関する苦労はあまりなかったんだが、言葉としてはある程度理解できても機能的に理解不能なものが多かった」
「機能的……」
「身近なもので言えば、電子レンジや冷蔵庫のような家電だ」
「ああ、そっか。あっちの世界にはないんだ」
「そう。マイクロ波を利用して加熱する調理器、などと言われてもこっちはさっぱり」
「電子レンジのことね……。確かに」
「使い方もよく分からずに、失敗してはムラセによく笑われたものだ」
「教えてくれなかったの?」
「いや、幼児に教えるように丁寧だったさ。しかし向こうにはリモコンやスイッチなどという文化はないんだ。かなり戸惑ったぞ」
「なるほど」
「ガスコンロを使ったはいいが、どこから火が出るのか分からなくて髪を焦がしたとか、プッシュホンの仕組みは理解できたがダイヤル式の電話に慣れなくて、ダイヤルを回さず穴を順番に押しただけで通じると信じていただとか……。今思えば馬鹿馬鹿しい失敗だがね」
「あ、それ聞いたことあるなぁ。今ダイヤル式が減っていて、ちっちゃな子は使い方がわからないってさ」
「私の年齢だと知らない者は少ないだろう?」
「うーん、どうだろ……」
言いかけたところで、ふとロッセの歳を知らないことに気づいた。
「ところで、ロッセっていくつなの?」
「歳か? 二十一だ」
「二十一!?」
いやいや、見た目年齢的にはちゃんと二十歳そこそこくらいに見えるんだけど、言葉遣いや妙に落ち着いた雰囲気持ってるから、きっと二十五・六くらいだろうと思ってたよ……。
「何かおかしいか」
「老けて見えるなぁと……いやっ、ごめん。今のなし!」
呆としてて咄嗟に本音を漏らしてしまった俺は言い終わった後でやっと自分の失言に気づき、慌てて手と頭をブンブン振って取り繕った。が、誤魔化されてくれなかったようで、ロッセがなんともいえない顔で俺の顔をじっと見つめてくる。
うう、ほんとにごめん……。
「老けているか……。確かに、セイタとは同年代に見えないかもしれないな」
「アハハ……」
堂々と老けてると言ってしまったからには安易に否定もできず、汗をかきかき苦笑いを返した。
「向こうで二十人近く子どもを育てているから余計か」
「えっ! ロッセって結婚してるの!?」
途端に見知らぬ奥さんたちといっしょに多人数の子どもを抱えたロッセの映像が頭を埋め尽くす。
案外、パパが似合うかも……。いやいや俺って想像力たくまし過ぎ。
「原則的に神官は結婚できない」
頭グルグルの俺に対して、ロッセはあくまで冷静だ。
「で、でもなんで子ども……」
「神殿では孤児や貧しい家の子どもを預かってるんだ」
「あー神殿でってことね……。びっくりするじゃん、紛らわしい」
俺が目の前の胸をポカッと叩くと、ロッセはしれっとして悪かったとすぐさま謝ってくる。……しっかり目が笑ってますがね。
からかったってのー?
ギロンとにらむと、声を出して笑われた。
やっぱりからかってたんだー!
「すまないすまない」
「心がこもってなーい!」
くやしくてパンチング再開。グーでドカドカ叩いてもロッセの胸の筋肉は厚くて、笑い声が叩くたびに震えるばかりだけれど。でも、さすがに何度もとなると皮膚が赤くなって、ロッセに腕ごと抱きこまれて仕返しできなくなった。
「こら、もう動くな」
「はーなーせー」
バタバタ手足を動かして反抗してみる。でも、けっこうもうどうでもいいんだけどね、気持ち的にさ。すぐにやめないのは、こんなちょっとしたことが実は楽しかったりするから。
「まったく……」
しばらくしてロッセがなぜかほっとしたような息を吐いて、無理やりキスをしてきた。
「ん……」
俺がロッセのキスに弱いのは何度も実証済みで、体中の力が一気に抜けてゆく。
「ロッ……、なにを、いきなり……」
「嫌か」
「……じゃなくて」
数回押しつけられただけで、視界はぼんやりするわ、いろんなところが痺れてくるわ……、もしかしてビヤク以上にタチが悪いんじゃないかと本気で思えてくる。一回一回がロングな口づけがやっと離れたときには、頭に花が咲いたみたいにぽやんとしてしまった。
「機嫌は直ったか」
「……ん?」
「昨夜は何か悩みがあったようだが……。もういいのか」
昨日のことまだ気にしてくれてたんだ……。
「……うん。たぶん大丈夫」
「たぶん?」
「すぐに解決というのは無理かもってこと。でも、心配はないから。おいおいなんとかするよ」
ある意味もう解決してるんだけどね……、好きだという気持ちに気づけたという点ではさ。たださ、この気持ちをこれからどうするかというのを考えなくちゃいけないと思って……。
俺は曖昧に言葉を濁した。
相手が普通の女の子ならこんな面倒ないのになぁ。
「私は必要ないのか」
もちろん必要な存在だよ。でもね、心の整理は自分でつけたいのよ。
「今回は自分で解決したいっていうだけ」
そんな無言でじっくり見つめたって、俺になにか言わせようとしても無駄だぞー。要検討のうえ結果報告しますよ。だから早く諦めてくれー、長々と見られたら心臓もたん。
「……分かった。セイタが話せるようになるまで待つとしよう」
あからさまにため息を吐かれる。同時に視線を外されて……、安堵したような残念なような。
「うん……。ありがとう」
昨日に引き続き、ロッセの甘やかしぶりに慣れなくて、素直にお礼を言ったものの妙に照れてしまい、ロッセの胸に頭を潜り込ませた。ロッセはくすぐったそうに身を引いたけど、笑いながらもちゃんと抱き締めてくれる。
が、でもロッセはやっぱりどこまでもロッセで……。
すぐにからかい含みの声が降ってきた。
「では、差し当たって私が必要になることをしようか」
……ごく普通な台詞なんですがね、ロッセが言うとどことなくイヤラシク聞こえますよ?
「……なんのこと」
疑心暗鬼になりつつロッセの表情を見てやろうと顔を上げれば、頭をぐりぐり撫でられて再び胸に押しつけられる。
痛いってばー。
「決まってるだろう。さて、一週間ぶりぐらいじゃないか。……ああ、そうか。溜まっていれば不機嫌にもなるはずだ。それに、家賃も払わなくてはならないしな」
<溜まって>
<家賃>
危険ワード察知。
「……嫌な予感がするんだけど」
「なに、イイ感じさ」
にやついた声に反応した俺は、すかさずロッセから離れようと腕をつっぱった。
なんだそのオヤジ発言ー!! さっきは二十一などと言ってたが、ほんとは三十越してんだろっ! ねぇ、越してんだよなぁ! 正直に言ってくれー!
「待て待てっ、もう起きるってば!」
うわわっ、エロエロオーラ発散させるなぁ!! あああ、今となればナチュラルで放置してたけど、寝るときは基本素っ裸だったコイツっ。砲身あがってるって!
「やだやだやだ」
スウェットを脱がされるまいと裾を掴むがなんのその、ロッセの手はあっという間に服の下へと滑り込んできた。
「ほら、おとなしくする」
「あ、んっ」
いきなりイチモツを揉まれて、衝撃でかくんと腰が折れる。
「手ごめにすればなんとかなると思ってんだろ!!」
「思ってる」
「さらっというなぁ!」
……それからはもう言わずもがな。
察してください、お願いします。
え、無理だって? それに、好きなのになんで拒否るかと?
そんなの好きだからこそだよっ。それに今まで散々いやだいやだと言っておきながら、急に心変わりしたからカモーンって可笑しいだろ? わかりやすすぎるしっ!
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