HAPPY SWEET ROOMT------08 不機嫌なボク
HAPPY SWEET ROOMT
08 不機嫌なボク
ロッセと俺はそれから交互に風呂に入ってコーラの缶を開けた。本当はビールを飲みたかったんだけれど、なにかとうるさいロッセの手前、泣く泣くおいしい風呂後の一杯を諦める。しかしロッセに隠れてこそこそだなんて、なんだか口やかましい嫁をもらった気分だ。
とはいえ……。
俺は隣に座る男を口に当てた缶の脇からこっそり窺う。
普段ならそこまで気をつかわないんですがねぇ。
「どうして、そんなビミョーに不機嫌なの」
ずっと不機嫌オーラびんびんで、こっちが変に気になって居心地悪いんだよ。俺がムッとしながら図体でかいのをにらみあげると、ロッセは顔をひそめて頭ひとつ分高いところから俺を見下ろした。
「誰が不機嫌なんだ」
「アンテロッセさん、あなたですよ」
どうやら自分でも気がついていないようだ。村瀬さんが帰ってから少し話して、ロッセの空気がいつもと若干ちがうなぁと感じつつ、風呂に入れば納まるだろと放置したものの、一向によくなる気配がない。
「私が?」
まるで思い当たる節がありませんとばかりにロッセの眉が上がる。本気で気づいてないのかふざけているだけのか、いまいち分かりにくいリアクションだ。俺は改めて「あんたが不機嫌なんですよ」と言ってやろうかと思ったけど、それじゃあ不機嫌だ不機嫌じゃないのつばぜり合いになる可能性大なので、言い方を変えて聞いてみた。
「村瀬さんが来たのそんなに嫌だったわけ。多少迷惑でも恩人なんだろ? それとも俺と仲良くお話してたもんだから、まさか嫉妬しちゃったとか〜?」
俺は目いっぱい茶化して言った。いつもと違う状況というと、村瀬さんの存在しか考えられないんだよね。困った客がいたから早めに帰ってきたとも言っていたけどそんなの日常茶飯事だろうし、そんなことでいちいち気を立ててたらホストなんかやっていけないでしょと思う。
「ムラセ? なぜムラセの話になる」
俺がせっかく話しやすいように振ってやったというのにあっさりすっ呆けられる。とぼけるだけならまだいい。一段と機嫌が降下しているのはどゆことよ。
あー、もう面倒くさくなってきた。
俺はワザと苛立たしげに、甲高い嫌な音を立てつつテーブルに缶を置いた。
べっつに俺がこいつに気をつかう必要なんかないじゃん。勝手に不機嫌やってろよ。つきあってらんね。寝よ寝よー。
俺は頭にかけていたタオルを首まで滑り下ろして立ち上がった。
「ごめんごめん、俺の勘違いだったみたい。もう眠いし、先寝るわ」
謝る必要のないことでも、これ以上つっかかられるのも邪魔くさいと、俺は適当に謝って寝室に向かった。
が。
「待て」
咄嗟に腕をとられて見事阻まれる。
「なんなの」
「私ではなく、セイタの方が不機嫌じゃないか」
「は? 俺の。どこが」
自分のことを棚に上げて俺につっ返すかぁ?
「まぁ、座れ」
ロッセはそのまま腕を引いて、俺はたたらを踏みながらソファに沈み込んだ。
「なんだよっ」
「ムラセと何かあったのか」
俺の顔を覗き込んで、至極真面目な顔で言い募られる。
「だーかーらー、機嫌悪いのはロッセの方でしょ」
「私はべつに気を悪くするようなことはなかったぞ。もし機嫌悪く見えたとするなら、私が何かセイタの嫌がることでもしたのかと考えていたからだ」
「俺の嫌がること?」
ロッセはやはり真面目顔でゆっくりうなずいた。
「そうだ。同居を心地よく続けるために、不満の芽はなるべく早い内に摘んでおいた方が後々のためだからな」
「……。」
何を言われてるのかさっぱりで、俺は訝しげにロッセを見上げた。すると、少し驚いたように見返される。
「気づいてないのか」
「だから、なに」
ロッセはおもむろに腕を上げて、俺の眉間を指先でなぞった。
「皺ができてるぞ」
「へ?」
「何か嫌なことでもあったのか」
「あの……」
「ムラセが帰ってからというもの、ここにずっと皺を寄せたままだ」
「……え」
俺は慌ててロッセの手を払いのけた。そして、自分も指で触ってみる。触ったからって特にどうというワケではないけれど、でもいつもよりも眉の間隔が狭いような気がした。
「やはり気づいていなかったのか」
「俺……」
ロッセに指摘されて心臓がバクバク波打ちだす。それは後ろめたさとか恥ずかしさとかそういう類のせいではなくて……。
自分のなかにある漠然としていた感情が急速に色めいて、俺は戸惑い固まってしまった。せめてとばかり、落ち着かない鼓動を胸の上から拳できつく抑え込む。
ロッセに『嫉妬しちゃったのか』だなんて……そんな台詞思いついたのは……、
きっと俺の心の片隅に<嫉妬>が潜んでいたからだ。
村瀬さんから聞いたロッセの過去は愉しくて面白くて、そして昔のヤツを知っている村瀬さんが無性に羨ましかった。村瀬さんの話を聞く陰で、俺は心底この世界でロッセに初めて会う男になりたかったと思った。
もう嫉妬という言葉だけでは片づけられないこの気持ちが痛くて、俺はそれを噛み殺すように口を強く引き結ぶ。黙り込む俺に呆れたんだろう、ロッセが徐々に離れていっても、気をやることもできずまったく動けなかった。
「ロッセ……」
けれど、不意にとんでもなく不安になって俺は思わずロッセを呼び止めた。間髪いれずに「うん?」とちょっとロッセらしくない優しい声が帰ってくる。
「ロッセ……」
それがまた不安を誘って、俺は再び意味もなく呼びかける。今度は何も言わず、ロッセは俺の肩に手を置くとそっと少々強引に、俺を自分とは逆向きに座らせた。ロッセの顔が見えなくなる。でも、肩に置かれた手はそのままで、その温かさにほっとした。
「何か嫌なことでもあったのか」
同じことをまた聞かれる。いつもなら何度も何度もうるせーなと思うところだけれど、今はぜんぜんそんな気起こらなくて、言われたまんまを受け入れた。
「そんなことは……、ないんだけどさ……」
ロッセの手がゆっくりと動く。気持ちまでも解そうとするかのごとく、その手はさほどこってもいない肩をやわらかく揉んでくれる。
「なんでも私に話せばいい」
いつものロッセはもっと強引で口うるさくて意地悪で、エッチのときなんか最悪で、だからそんな俺に任せろ的な、乙女心キュンキュン言わせるような、甘ったるいこと言うキャラじゃないはずなんだよ、アンタは。ほんと最悪。どれだけの女、それで落としてんだよ。
だからさぁ……、
俺を巻き込むんじゃねぇって。
「村瀬さんに競争心もつなんてアホらし……おわっ」
俺の情けないぼやきを耳聡く聴いたロッセが、もう一度言えとばかりに俺の肩を自分の方へ引き寄せる。
「べーつーに、腹減ったって言っただけー、近っ!!」
横向いたらロッセの顔がすぐそこにあって、俺はすかさず身を引いた。当たり前にヤツの表情が妙な感じになる。
「なぜ急に離れる。それに、腹減ったなどとそんな風には聞こえなかったぞ」
「えーだってさぁいま何時よ。ほら、もう一時過ぎてんじゃん。俺バイト先でまかない食ったの夕方だよ。八時間以上経ってるよ。腹減って死ぬる」
俺がブーブー嘘の文句垂れれば、ロッセの表情はますます疑わしげなものになったが、ここで引き下がるわけにはいかない。微妙な距離感でにらめっこした後、ロッセは仕方ないなー風のため息を吐いて立ち上がった。
「分かった、何か作ろう」
俺の意思を確認するようにロッセが見つめてくる。俺は少し思案して、でも「やっぱり、いい」と首を振った。
「腹は減ったけど何か食いたいっていうんじゃないからさ」
ロッセがまるで理解できませんな顔になる。
……だよね。俺もそう思う。
「お前は……、さっきから言っていることが意味不明だな」
「だって寝る前に飯食ったら太るじゃん。俺好きな子いるのよ。ブタになって嫌われたくないもん」
有奈ちゃんの映像を頭の中に引っぱり出して言い返してみる。
「見た目で人を判断するような女ならやめておけ」
飯の話してたのに、論点変わってますよー。ロッセらしいというかなんというか……。
でもさぁ――、
「印象って大事じゃない?」
だなんて、まともに答える。意味なく言ったのに真剣に返されても困るなぁ。
「まだ声もかけてないのか」
「ううん。同じ学部の子」
「ならば、なおさら――」
ああ、これはヤバイ。ヘタに話を引きのばすと延々続く。
俺は耳を塞いで、ついでに目も閉じた。
「この話は終わりっ。ロッセってばお説教長いからもう聞きたくなーい」
それに、これ以上聞かなくてもロッセの言いたいことはよく分かるんだよ。ビジュアル的にかなり高得点なロッセだとしても、俺はそこだけを好きになったワケじゃないからさ(……あ、エッチことじゃないですよ)。
でもさー、不毛だよなー。オトコに惚れるって……、オエエッ。吐く。いざ言葉として認識するとインパクトあり過ぎ。俺ってキモーい。
「説教とは何だ。心配して何が悪い」
ロッセがまたもや優しい言葉をかけてくる。あーだからもう……。
「わかったって。もう今日は疲れたから寝る」
俺はロッセを振り切って立ち上がった。そして、スタスタとベッドに向かって布団に潜り込む。後ろから、話は最後まで聞けだとか、髪を乾かさずに寝たら朝が大変だぞとか、いろいろ難癖つけられたけど、無視してワザとらしくスースーなんて寝息を立てる。
やがてロッセの声が止んで、カップを片づける音や電気を消す音なんかが聞こえてきて、布ずれの音と共にロッセが近づいてきた。
「……え」
俺にかかっていた布団が持ち上げられる。ロッセの吐息が俺の頬を掠めた。
「うわっ」
「やはり狸寝入りか」
ロッセは俺の驚きに意を介さず、腰にギュッと抱きついてくる。
「そうそう。じゃなくって、一緒に寝るの!?」
「今までそうしてきただろう」
「い、いや、それはそうなんだけどさ」
今まではそうでも、これからは俺の気持ち的に無理なんだよ!!
と叫びたかったが、言ったら告白タイム突入だ。いや、別に言って悪いことはないが、今はちょっと頭が混乱していて上手く話せる自信がないし、それに基本女の子が好きなのは変わりないし……。でも、それを説明なんてできないし……。
こんがらがった頭をワシャワシャかきむしった。
だあああ、もう、だからさあっ!!!
「今日はソファで寝る!!!」
俺はベッドからとび起きて、毛布一枚抱えてソファに陣取った。俺の雄叫びにロッセが呆気にとられているが知ったこっちゃない。俺の心の安寧の方が大事だ。
「おやすみっ」
やけくそみたいに叫んで俺は目を閉じた。押し寄せる感情に脳内容量オーバーでなかなか寝付けないかと思ったら、バイトでけっこう疲れていたせいか、わりと時間を置かずにぐっすりと寝入ってしまった。
で、再び目覚めたときには――、
「なんでロッセの腕が俺の頭の下にあるかな」
俺はヤツの脇の下からその顔を見上げ、盛大にため息を吐いたのだった。
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