HAPPY SWEET ROOMT------07 裸が基本

HAPPY SWEET ROOMT

07 裸が基本

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「ロッセのやつ、村瀬さんとのファーストコンタクトも裸だったんだ」
二人の初対面の話を聞いて、俺は自分の部屋に初めてロッセが現れた時のことを思い浮かべていた。併せて村瀬さんのおおらか過ぎる対応を検討してみる。不法侵入者(=ロッセ)と同棲している俺も俺だが、街の中を堂々と裸も同然で歩く変質者(=ロッセ)に声をかけた村瀬さんもかなりの猛者だと思う。俺は半ば呆れつつ「よくロッセのこと拾ったよね」と言った。
「ほんとほんと、俺もどうかしてたと思うよ。まー、あいつの場合見目がいいし、布切れ一枚だけの着用とはいえ、どんな格好もそれなりに着こなしてしまうという恐ろしさはあるよねぇ。それもあるのかな、不審には思っても不思議と嫌な感じはしなかったんだよ」
「わかる、それ。俺もロッセと出会ったのが入居当日でさ、初めての独り暮らしで気持ちが高ぶっていたというのを差し引いても、その日からロッセと同居してしまってるくらいだしね」
不意に村瀬さんにしっとりとした目つきで見下ろされる。
「同居ねぇ、同棲じゃないの?」
「ちがうってばっ!!!」
俺は顔が赤くなっているのを自覚しながらも身を乗り出してしっかり否定した。それを村瀬さんが落ち着けとばかり俺の肩を押して、俺の浮いた腰を再びソファに着地させられる。
「まぁまぁ、似たようなもんじゃない」
「だーかーらー」
「ハイハイ、わかったって」
「いーや、わかってない」
「今度こそほんとだって。実はね、俺もキミのことは言えないのよ。ロッセとは一時期いっしょに住んでたし」
「え? そうなんだ」
「うん、もちろん清く正しい同居生活だったよ?」
「あ、先手打たれた」
先に『清く正しい』なんて言われたら、もうツッコミようないじゃん。
「バレた?」
「もーっ! ひとのこと散々からかったくせにぃ」
「ごめんごめん」
と言いながらヘラヘラしている村瀬さんからはぜんぜんまったく悪気を感じられないんですがね。が、嫌味がないのはやっぱり顔がいいせいか? ……なんだろう、この敗北感。
「別にいいけど……。でもさぁ、ロッセってばどうりで日本で普通に家事やら何やらできるわけだよね」
モヤモヤする思考を追いやって、話をロッセに戻してみる。ロッセの口振りからすると、あっちの世界はこちらほど文明が進んでいないような感じだったから、ロッセが難なく家電を操作しているのを見て前々から疑問に思っていた。
「そうそう、俺が一から十……まではいかないな、九くらいまでは教えたんだよ」
「村瀬さんって見た感じ家事とかできなさそうだけど」
改めて村瀬さんの姿を下から上へと観察してみる。そこには自炊の苦労は見えないし、ましてや自分のパンツを洗って干してる姿なんて似合わないし想像したくない。ぜったい誰かに囲われてるか、付き人がやってるんでしょうよ。
白い目を向ける俺に対して、村瀬さんは否定的に片眉をひそめた。
「偏見だなー。独り暮らしに困らない程度にはできるよ。今は金があるから、ハウスキーパーなりに頼めばなんとかなるけど、ホストとして売れるまでは金なかったし、けっこうこれでマメなのよ、俺」
「意外ー」
小奇麗にしてるから、まったく信じられないというわけでもないけど、ここまで生活臭を消し去られるとどうも……。どこぞの王子様みたいですよ、アナタ。
「よくさ、押しかけ女房みたいなのがいて、そいつにやらせてるんだろ、なんて言われる」
「アハハ、それ言えてる」
アナタ見てたら誰だってそう思うって。
「ひどいよねぇ、ひとを見た目で判断するなんて」
「あーでも、見た目というよりかは希望も入ってるんじゃないかな。『村瀬サンには家事なんてしてほしくなーい』みたいなさ。でしょ?」
<家事>とか<炊事>とか、生活感あふれる単語自体が似合わない。
「それはあるかもなぁ、これで夢売る商売だしね」
「なんか、カッコイーね。夢売るなんてさ」
「いやいや、実際は重労働ですよ。精神削ってますよ。あんまり勧められる仕事じゃないね」
「でも、ロッセに勧めたのは村瀬さんなんでしょ?」
クラブの核になるようなホストを探してたって言ってたよね。そこに偶然ロッセが現れたと……。
「まぁね、だってアイツにできる仕事なんて限られてるでしょ。それに、俺にしてみてもちょうどホストできるようなヤツ探してたしね」
でも、異世界から来た半裸の超ド素人にいきなりホストってチャレンジャー過ぎる。
「ほんと、よくあれでホストなんかできるよ」
村瀬さんは口に拳を当てて、ククッと肩を揺らした。……笑い上戸再び。いや、三たび、四たび……。
「確かに、客と会話がズレてる場合が多い」
「やっぱりぃ」
ある程度ロッセのバックグラウンド知ってないとキツイよなー会話するの。俺は出会った初日を思い出して、うんうん頷き返した。でも、なぜか村瀬さんがニッと唇を引き上げて笑う。
「それでも意外に受けがいいんだなぁ、あれで。例えばね、アイツの話ってジジくさい内容が多いでしょ? 早く寝ろだとか、飯を残すなだとか。いっしょに住んでるならアイツによく言われてるんじゃないの」
「あー、うるさいよアイツ。風紀委員がぴったりな感じ。でも、それがなんで?」
「男前にお説教されたーいっていう女の子のファンが多いってことよ」
「うげーっ!! たまにだからいいんだよ、ソレ。俺みたいに毎日言われてみろよ。正直うんざりしてくるって。まったくその子たちに代わってくれって言いたいよ」
「それはダメだなぁ」
「なんでさ」
「ロッセが思いの外キミのことを気に入ってるみたいだからね」
「気に入ってるってね……、男同士なのになに言ってるの」
「俺は経営者だからね。さっきも言ったけど、スタッフのモチベーションの管理には神経使うのよ」
「……俺は贄の子羊デスカ」
「そういうこと」
あっけらかんとした村瀬さんの物言いに俺はがっくりと項垂れた。そして、落ち込んだ風の俺を見てちょっとは悪いと思ってくれたかなと、下からちらりと見上げた村瀬さんの顔はやっぱりニコニコと爽やかに笑っていた。まったく……、この人には敵わないよ。
「……ロッセ早く帰ってこーい」
村瀬さん相手に一人じゃどうにも不利だとやっと気づいた俺は応援要請を呟いた。
「ああ、ただいま」
「おかえりー……って、へ?」
聞き慣れた超美声ただいまを聞いて、反射的におかえりなんて暢気に答えた俺だが、今まで居なかったはずのヤツの声にバッと振り返れば、ロッセが俺の後方で佇んでいた。
「か、帰ってきたのかよっ」
「早く帰れと言った口でそれか」
ロッセがちょっとしかめっ面になって、その片眉が器用にクイッと上がる。そして、ソファのひじ掛けに腰を置くと、そのまま俺の顔を間近に覗き込んできた。
「いや、その、こ、こんな早く帰るとは思わなくってさ」
ずいぶん慣れてきたとはいえ美麗な顔が急に近づくと、図らずもしどろもどろになってしまう。もっと自分の顔に自覚持ってくれ。村瀬さんを横目で見れば、案の定にまにまと笑っている。これじゃあ、誤解(という名の否定しがたい事実)されたままじゃないか。
「ああ、今日はちょっと困った客がいて……と、それよりなぜムラセがここにいるんだ」
俺と同じくロッセも村瀬さんに視線を移した。なぜだか、いつものロッセらしくない目付きに内心少々ビビる。……なじぇ?
「ああ、なかなか狼聖が静太クンを紹介してくれないから、気になって眠れなくてね。ちょっと押しかけてみたんだ♪」
ロッセとは反対に、村瀬さんは相変わらずのスマイル。俺はおどおどと二人の顔を交互に見上げた。
「あのぅ……」
俺をはさんで見つめ合う二人に険悪な雰囲気はないはずなのに、間にはさまれた俺はなぜこんなにも居心地悪いのか。別に火花バチバチとかそういうんではないけど、この空気はひと昔前のソ連VSアメリカかって感じだ。
「ならば、もういいな。帰れ」
言いながらロッセが玄関を指差した。
「えーっ、やだぁ」
村瀬さんがしなをつくってソファの背もたれにしがみつく。いくら男前とはいえ不気味すぎるその仕草に、ググッとロッセの眉間に皺が寄った。
「それはやめろといつも言っているだろう。オーナーとしての威厳はないのか、お前には。他の店に移るぞ」
「うわっ、なにそれ! 脅し? 脅迫? 警察呼ぶわよっ!!」
村瀬さーん、オネエキャラになってますよー。ロッセの口振りだとよくやってるのね、ソレ。今日ばかりはロッセに同意するわ、何気にキモいですから。
それに警察って……、何罪よ。
「警察か……、ちょうどいい。留置所で頭冷やしてこい」
「ひどーい! 頭縮んでこれ以上スタイルよくなったらどうするのっ」
「確かに、元々中身のない脳みそがさらに減ったら悲惨過ぎるな」
「これでも街一番のホストだったのよっ。バカには勤まらないわ!」
「だから、ホスト廃業してよかったじゃないか」
「廃業じゃなくって、ステップアップ!」
「ステップダウンの誤りだ」
「なんですってぇ(以下、延々と続く……)」
一方はオカマで、一方は鉄面皮。二人の態度のギャップが激し過ぎて、傍から見ればもうコントか漫才だ。初めはどう収拾をつけようかなんて殊勝なことを考えていた俺だが、だんだんと喧嘩の争点がズレ、単なる罵り合いに発展してゆくうちに、アホらしくなってキッチンに引き下がった。
それから不毛な言い争いはその後十数分にわたり、やっと居なくなった俺に気づいたロッセがキッチンに呼びに来たときにはさすがのヤツも疲弊した様子だった。



「まったくムラセが居るとロクなことがない」
ここに残ろうとする村瀬さんを無理やり玄関の向こうに押し出して、念入りにドアガードまで引っ掛けた後、ロッセは溜め息交じりに言った。
「うーん、ちょっと意地悪だけど……、おもしろい人だね」
やさしい人だとか、たのしい人だとか、他にも思ったことはあるけれど、良い風に言うとロッセがまた不機嫌になりそうな気がして、俺は少し考えてから村瀬さんを『おもしろい』と表現した。
「……ホストを始めたころは確かに助かっていた部分もあるが、固定客もついて慣れてきた今となれば、鬱陶しいことこの上ない」
「ああ、なんかさっきのをみたら簡単に想像できるよ……。村瀬さんがボケで、ロッセがツッコミみたいな……、いや、案外ボケボケ同士か?」
そう考えると、俺はちょっとロッセが可哀想になってきた。ロッセよりかは格段にノリのいい俺でさえ、村瀬さんにからかわれて部屋を出て行きそうになったくらいだ、ロッセにしてみればたまったものじゃないに違いない。しかもそれが連日となると……ご愁傷さま、だ。
「わたしは根本的に無口だからな。初めは無視というか反応できないでいたんだが、その内耳障りになってきて、ムラセに言い返すうち次第にああいうスタイルというか、営業形態になった」
「営業形態、ねぇ……。実質はからかわれてるだけじゃん」
「そうともいうが……、それ目当てで来る客もいるくらいだ。あながち間違いでもない」
「まー、たまに見る分には楽しいかもね」
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