HAPPY SWEET ROOMT------06 馬鹿笑いはほどほどで

HAPPY SWEET ROOMT

06 馬鹿笑いはほどほどで

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村瀬さんに酷く冷たく見つめられて、きっとヘビに見据えられたらこんな感じじゃないかと思えるくらい、背筋がゾクゾクした。
俺、なんかヤブヘビ(?)言ったっけ!? 言ったっけぇええっ!!??
ビシバシ極寒視線を浴びながら、俺の背中に汗がダラダラ流れ落ちる。
この状況をどう打開しようか、受験時並みのハイパー思考で考えるなか、村瀬さんの顔がフッと緩んだ。なぜか急にニコーッと白い歯を見せられる。
―――その笑顔、不気味すぎるんですけど………。
俺も辛うじてそれと分かるであろう笑みを返すと、俺の疑問に対する答えのようなものを村瀬氏よりいただいた。
いざ、どうぞ。
「なぁんちゃって」
……………………(しばし思考中)。
「………………はぁ?」
はあああああああああっ!!??(実質的心中の叫び)
こっちはちびりそうなくらいビビったっていうのに『なんちゃって』とたった一言でしかもフザけた死語並みのジョークで済ますつもりですか!そうですかぁ!!
村瀬さんはさっきの真剣モードはどこへやら、冗談冗談とカラカラ笑った。
「……ォーィ」
俺の心臓停止寸前の冷や汗ものの時間返せ、流れ出た水分返せぇ!!!
たぶん俺のそんな気持ちが頭頂部に現れたのか、「うわ、顔真っ赤」とさらに村瀬さんの笑いを誘ってしまった。指差して腹抱えるって……、また古典的な。
どんな顔すりゃいいんだよ。つーか怒って当たり前だろ、この状況……。
なんだか急にアホらしくなって、爆笑している村瀬さんをうんざり眺めながら黄昏る。
どうしたらいーよ、このひと……。さっきも似たような感じで笑ってたしさ。
ソファにモフッと身を任せて、一発殴ってみようかなどと不穏なことを考えていると、やっと村瀬さんは喉で笑いを堪えた。
「ククク…、ごめんごめん。―――いや、疑っていたのには違いないんだ。狼聖(ロッセ)はあの通り、稼いでるだろ? それに、異世界人なんてフツー信じないでしょ。だからアイツ騙されてるんじゃないかと思ってさ。だったら相手がどんなヤツかいっぺん俺が見定めてやろうとデバガメしたわけだ」
「……あ、そう。それで?」
実際に俺を見てどう思ったわけよ。俺は村瀬(もう呼び捨てだ)を横目に睨んだ。
「無害そうでよかったよ」
ニコッと村瀬の口角が上がる。
…………なんか、ムカッときたんデスガ。
「……それは、よろこんでいいのかな」
「もちろん♪ いやぁ、こんなおもしろい子と住んでるなんて思わなかったなぁ。ちょっとズレてるところがきっと狼聖と合うんだろうなぁ」
「ロッセの方がずっとずっとずーっとズレてると思うけどっ。それに俺はロッセの稼ぎなんか知らないし」
「え、マジ?」
「マジ。だって俺、あいつから生活費だったり食費だったり、もらったことないよ」
これは本当だった。きっとホストなんかやってるから俺も相当稼いでるんだろうと思っていたけど、あいつは金に関してぜんぜんシビアというか、はっきり言ってケチだ。近くのコンビニ行くなら、チラシ読んで少し離れた大型スーパーに出向くし、俺が慌てて電気を消し忘れなんかすると、資源やお金の大切さについてこんこんと説教される。
あいつの世界が貧しいっていうバックグラウンドもあるだろうけど、きっとホストはホストでもあのしゃべりだし、たいしたことないんだろうと勝手に思ってた。
でも村瀬の話だとけっこう稼いでるみたいじゃんっ。こんなことなら遠慮なく生活費を請求しよう。
そう俺が心のなかで固く決意したところで、村瀬の訝しげな声が聞こえてきた。
「あいつにしてはおかしいな……。義理堅いヤツだから、家賃とかそういうところはキッチリしているはずなんだけどね」
そこで不意に、ロッセの甘〜い声が脳内リピートされる。
『同棲しよう。家賃は払う』
家賃、家賃、家賃………。
「う、うわわわわっ!!!!」
俺の突飛な雄叫びに村瀬がギョギョッと仰け反った。が、俺はといえばそんなの気にする余裕なんかないっ。
そ、そういえば、かか、体で払うみたいなこと言ったぁ!!! お相手するとか、相性いいとか言ってたぁあああっ!!!!!!
頭が瞬間沸騰する。
最近忙しくてエッチから遠ざかっていたけど、同居の取り決めがそこから来ていたのを思い出した。
「ねぇ、どうしたの?」
「へ?」
目の前に村瀬の顔面がズイと現れる。
「うおおっ」
考えることに夢中でふさがっていた視界が瞬時に蘇り、今度は俺がギョッと仰け反った。
「驚きすぎでしょ。俺はずっとキミのおとなりに座ってるんだけどね」
村瀬が腕を組んで俺にシローい目を向けてくる。
アハハ……。
深く追及されたくない俺としては、ここは笑ってごまかすしかない。
なんとかだまされてくれー。
そんな俺の願いが届いたのか、村瀬は肩をすくめて怒りのポーズをとりあえず引っ込めてくれた。つーか、映画以外で気障ったらしく肩すくめるヤツ見たの、あんたが初めてだよ……。まー、似合ってるっちゃ似合ってるんだけどさ、この男前めぇ。
「ま、いいや、それは。で、なんでそんなに大声出したのかな?」
油断していたところに、さっきよりも村瀬はズズイと顔を近づけてきた。そして、つるりと俺の顔のラインを撫でてくる。
なな、なんだ?
「こっちが照れてしまうくらい、顔を真っ赤に熱らせてるね?」
なんだなんだなんなんだっ!
急に村瀬の背後から後光のごとく妙なオーラがフワワと盛り上がってゆく。
どこかで体感したことのあるこの感じ。
こ、これは………!!!!!
「お前もロッセの仲間か〜〜っ!!!」
間違いない!! このエロエロオーラっ!!!
俺はすかさずソファの端に飛びのいた。
が。
「ブワハハハハハハハッ!!」
唾を飛ばさんばかりの馬鹿笑いに呆然とする。
このヤロー…、またもや俺を騙したなぁ……。
…………もう脱力。
しかし、ガクッとうなだれたところでこいつの笑いはちょっとやそっとじゃ納まらない。チクショー、どうしたらいいんだ、笑い上戸すぎだぞ。
だが、このまま笑われっぱなしじゃ居づらいし、つーかこの部屋の主人は俺だし。
とりあえず、話題転換を試みた。
「ところでさっ、あんたとロッセはどうやって知りあったの!!??」
「アハハハハ、あーおもしろい。さっきの様子だとやっぱりキミと狼聖ってデキてるみたいだなぁ。ククククク、今度狼聖のヤツを冷やかそう」
………まったく俺の話を聞いちゃいないぜ…………。
俺は冷静にこのあと続くだろう馬鹿笑いを待つための浪費時間を予測し、俺の沸点との兼ね合いを考え、スクッと立ち上がった。
で、出した答えは―――。
「ま、ゆっくりしてって? 俺ちょっと買い物にでも出てくから」
以下、心のなかの声→「何十分もテメェの馬鹿笑いにつき合ってられるかぁあああっ!!!!!」
である。
俺は片手を額にかざして「ジャッ」のポーズ(もしくは敬礼)をとると、玄関に直行した。いや、したかったのだが―――。
「ちょっと待ってっ」
あろうことか村瀬にギュムと腕をひっ捕らえられる。
「なに」
俺は最大級に冷たい目を村瀬に向けた。
「まーまーそう邪険にしないで、ね?」
「……そうさせてるのはアンタでしょ」
「そうだっけ? あ、コーヒー冷めちゃったし俺が淹れ直してあげるよ」
さりげなく肩に手を置かれて再びソファに座らせられる。頭をモフモフはたかれてニッコリ微笑まれれば、なんとなくこいつの言うことをもう一度くらい聞いてもいいかなんて気分になってくる。
あー、もし俺が女ならけっこうコロリとまいっちゃうかも。
強引なんだけど嫌味じゃなくてポイントポイントで優しい、みたいな? そんなところがさ、男としてちょっと学びたいかも。
今はクラブのオーナーやってるって話だけど、以前はホストだったのかもしれない。きっと現役なら店一番のホストだろうなぁこの人なら、と思った。
「ハイ、どうぞ。熱いから気をつけてね」
村瀬サン(敬称復活)は手際よくパパッと淹れるとマグを俺に手渡してくれた。ご丁寧にも自分は熱い容器部分を持って、俺に取っ手を差し出すという風に………。
「…………………(さりげなく女の子扱いなのね)」
「どうしたの?」
「ううん、別に……」
村瀬さんはちょっと気障っぽく「そう?」と首を傾げながら俺の隣にまた腰掛けるとゆったり足を組んだ。そしてコーヒーをひと口含むとおもむろに話かけてきた。
「ところで、さっきの話だけど……」
「さっきの話?」
「もういいの? 狼聖と俺がどう知り合ったかっていう―――」
「き、聞きたいっ!」
聞き流されたと思っていたら、しっかり耳に留めていてくれたらしい。
好奇心で前のめりになった俺は、勢いでマグからコーヒーが零れそうになって、慌ててテーブルにマグを置くと、それで?と村瀬さんをうながした。
「あれは一年とか、それくらい前だったかなぁ……」


***


俺はオープン前の店を眺めてたぶん満足げな笑みを浮かべていたと思う。ずっとホストをして貯めてきた金をつぎ込んで初めて持つ店だ。ずっと今この瞬間を夢にしてきた俺にとっては多少の不安も吹き飛ぶくらい今は心のなかが喜びで溢れている。
「ハードは完璧」
店内を見渡せばリゾート風味のカフェスタイルの内装が広がる。インテリアコーディネーターの友人に俺の趣味をふんだんに取り入れて造ってもらった内装はけっこう自信がある。南国風の植物をところどころ置いて、ソファにはクッションをいっぱい。どれもふかふかで一度座ったら抜け出せなくなるような心地良さだ。メニューもカフェに置いてあるようなものを揃えている。もちろん通常のカフェに比べたら料金は段違いに高いし、クラブとしては特異かもしれないけれど、最寄りのカフェにでも行くような感覚で来てほしいという俺の願いが込められている。
「あとはソフトだよなー」
ホストの調達は店やると決めたときから地道に声を掛けてきたヤツらがけっこう集まってくれた。海とも山とも知れない店なのに乗り気で俺に勝負かけてくれて本当にありがたいと思うし、あいつらのためにも失敗はできないと気合が入る。まったくいいヤツらばかりだ。しかし、ひとつ気になることもある。それは核となるようなホストがいないということ。どいつも男前ばかりだし華もある。けれど、こう……パッとするような、そいつがいるだけで周りが霞むような……、そんな中心的ホストがいない。ホストが皆各々稼いできてくれることは重要でも、集客になるようなヤツが一人いれば店の売りになる。
「どっか落ちてないかねぇ」
そんなヤツすぐ見つかればどっかの店にスカウトされてるよなー。
店をオープンするまでにどうにか探し出したかったがそろそろタイムリミット。おいおい見つければそれでいいか―――。
俺はうろうろ考えながら車に預けていた身を起してキーロックを解除した。
そんなときだった。
「アイツ……、露出狂?」
半裸同然の男が堂々と俺の前を素通りしてゆく。シーツみたいな白い大きな布を左肩にかけて、それを腰にくくりつけた紐一本で留めるという、貫頭衣よりもある意味雑な身なりだ。
俺は慌てて周りをキョロキョロ見渡した。この辺りにしては珍しく人通りがない。
おいおい、大丈夫かアイツ。
あんな不審人物、いつもなら関わり合わない方が身のためだと無視するはずの俺が、そのときに限っては男に声をかけることに躊躇がなかった。
「オイ、あんた。服どうしたんだよ」
男に話しかけつつ俺はそいつの肩に手を置いた。男が立ち止まりこっちを振り返る。俺は思わず感嘆の溜め息を零した。
「…………へぇ…」
ガタイがいいし銀髪ときたから、これでブサイクなら宝の持ち腐れだと思ったそこには、予想以上に整った顔があった。俺の身長が百七十そこそこだから、頭一つぶん上に頭があるこいつなら百九十はあるだろう。俺を不審そうに見る瞳は綺麗なラベンダー色。
こんなビジュアル的に好条件な男がいるものなのか。俺は我が目を疑った。
いやいや、こんななにもかも揃ったヤツなら案外声がダミってたりするかもしれない。妙に否定的に思い直してもみる。そうなれば声も聞きたくなって、男が無言で立ち去ろうとするところにすかさずもう一度声をかけた。
「ごめんごめん、いきなり声をかけられたらビックリするよね。俺は村瀬進二、この店のオーナーなんだ。で、アンタがそんな恰好で歩いてたから、これはぜひとも注意しなければと思ってね」
男は少し逡巡して口を開いた。
「こんな格好…?」
思わぬ美声が響いてうれしくなる。どう見ても外国人だったから、言葉が通じていないのかとも思ったけれど、綺麗な日本語で安心する。
ハーフとか帰国子女だろうか――? しかし、こんな薄っぺらな布一枚でうろちょろするってどんなド田舎から出てきたんだよ……。
興味を引かれ、男を強引に店に連れ込み詳しく話を聞くうち、次から次へとヤツの口から出てくるぶっ飛んだ発言に目を剥くと同時に、沸々と湧き上がる好奇心を押さえられなかった。
こんな面白い物件をむざむざ警察に引き渡すのは勿体ない――!
いたく男を気に入ってしまった俺はその場で無理やり雇用契約を取り交わし、店の手伝いをさせる代わり身元を引き受けることになったのだった。当時を振り返ればそれからヤツが起こす珍事から鑑みてやや無謀な行動だったと思うけれど、予想通り今でもヤツは俺の好奇心を大いに満たしてくれている。この一年、まったく飽きるということがない。
いやー、ほんとお買い得だったよ、狼聖君。
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