HAPPY SWEET ROOMT------05 第二弾!

HAPPY SWEET ROOMT

05 第二弾!

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大学の講堂に入った俺と有ちゃんは顔見知りに声をかけながら空いている席に着いた。いっしょに座れよと言いたげな友人たちをのらりくらりとかわして二人席に着いたのは、もちろん俺のもくろみ通りで内心ほくそ笑みながら隣に座る有ちゃんに話しかける。
「あのさ、有ちゃんってバイトか何かしてるの?」
「ううん。したいけど家がきびしくって、させてもらえないって感じかな」
「へぇ? 有ちゃんってお嬢さんなんだなぁ」
「そんなことないよ。貧乏人の箱入りってところ」
「またまたぁ、カバン見りゃわかるって」
あまりブランドには詳しくない俺でも、有ちゃんの持つカバンに燦然と輝くロゴは日本人ならほぼ全員知っていると言っても過言ではないシロモノ。
でも、有ちゃんはほんわりと笑って首を振った。
「ブランドってひと口にいっても、ピンからキリまであるもの。これはキリの方よ」
「そうなの?」
「うん。これならわりとお手頃価格で買えるから」
「ふぅん…。でも何万とするんだろ? 俺にとっちゃじゅうぶん高いよ」
「まぁ、確かにね。ヨシギューなら何杯食べられるかな」
「ハハハ、百杯は余裕だよ」
「ホント、楽勝だね」
有ちゃんと肩を寄せ合って笑う。
うーん、なんだかいいなーこういうの。ほのぼのする。
ロッセとは男同士だからそれ特有の気安さがあっていいっていうのはあるけど、有ちゃんといるのはまた別の感覚で、やっぱり女の子っていうだけで気分がいつもより向上するし、こうして二人こそこそおしゃべりし合うっていうのがまた、他の男どもに差をつけたような気分で楽しい。
あー、有ちゃんが彼女ならなー。でも、モテるよね、有ちゃんって。
ちらりと視線を他の席に滑らせれば、男数人がこっちを見ているのが分かる。
だよなー、本人は気付いているかどうかは分からないけれど、狙っている奴はこの教室内だけでも片手はいる。
「ところで、有ちゃんって男の好みはどんなの?」
「好きなタイプってこと?」
俺が頷くと、有ちゃんは大きな目をくるんと巡らせた。
「そうだなぁ……、背が高くて、そこそこ体を鍛えてて、いろいろとリードしてくれる優しい人かな」
「……けっこう具体的だね。実際、好きな人いるみたい」
「うん。いると言えばいるかな」
「えっ、ほんとに? だれっ」
「えー、それは言えないよぉ」
有ちゃんはくすぐったそうに笑った。
誰だよ、そんな幸せな奴はっ!!
俺はガックリしながらも気になって何度も有ちゃんに詰め寄ったけど、有ちゃんは笑うばかりでけっきょく教えてはくれなかった。俺としてはなんとしてでも聞き出したい。でも、いつの間にか講師が教壇に立ち授業が始まってしまって、俺は悶々としながらも聞き出すのを断念した。
それからは有ちゃんのことを気にしつつもとりあえず周りに倣って授業に専念。なぜなら、今はまだ年度初めでどの先生の講義をとるかお試し期間中だし、それに俺だけでなくみんな学校自体に慣れていない感じで、猫かぶっているだけか元々なのかは分からないけれど(たぶん前者)だれもが静かに講義を聴いている。俺ももちろん類に洩れず先生の話をしきりにノートにとりながらリサーチだ。ここで間違っても宿題が多そうだったり、出席のうるさそうな講義を選んでしまったら、あとあとたいへんな目に合うのは自分だから、そこはいつになく真剣になる。
隣をそっと見れば、有ちゃんも小さな口をきゅっと結んで、なにやらしきりにメモしていた。俺はその表情を一瞬ぼうと見つめてしまいつつ、いかんいかんと気を引き締め、ノートとりを続けた。

「なぁ有ちゃん。バイトしてないんなら、いつも晩は何してんの?」
授業が終わって皆がわらわらと教室を出ていくなか、カバンの中にノートや筆記具を片づけている有ちゃんに話かけた。有ちゃんがちょっと考えるように首を傾げる。俺は表面上にっこりいつも通りを装いながらも恐る恐る返事を待った。
ここはなるべくさり気なーく聞くのが肝心。というのも……。
「あのさ、もし暇なら、今日は俺バイトだけど明日は暇だし、授業終わってから一緒にどっか遊びに行かないかなぁと思って」
「遊びに?」
「う、うん。どう? 忙しい?」
「えっと…、明日は予定があるから無理だけど、今度の日曜日なら大丈夫」
「ほんとにっ? じゃあ、一緒にどっか出かけようよ!」
「うん。いいよ」
俺は思わず有ちゃんに背中を向け、ヨッシャと小さくガッツポーズ。
そして善は急げと(プラス有ちゃんの気が変わらないうちに)、「じゃ、日曜日の十一時にいつもの駅で」とたたみかけ、デート(勝手に命名)の約束を取り付けた。有ちゃんに「駅で待ち合わせって、なんだか学校に行くみたいね」とクスクス笑われながら。
……ちょっと小馬鹿にされてるかも。でも、その笑顔が可愛いしなによりうれしいから、もうなんでもいいや。とにかく日曜日が楽しみだ。
「あ、っといけね。バイト行かなきゃ」
なにげなしに時計を見れば五時を過ぎていた。
「ウェイターだっけ?」
「一応バーテン。今日からなんだ」
「……ふぅん、そっか。がんばってね」
有ちゃんはなぜかちょっとだけ思案げになって、けれどもすぐににっこり笑顔になった。
俺は有ちゃんの表情の変化を不思議に思いながらも、時間がないと慌てて教室を飛び出した。


***


空はすっかり真っ黒け――。
講堂を出てから数時間後の深夜、バイトを終えた俺は青息吐息、キコキコ自転車を漕いでいた。
「あああああ、疲れた〜〜っ」
バーテン(という名のウェイター)の仕事は思った以上にはハードだった。
以前下見で入ったとき、どのスタッフも涼しい顔してやってたから、てっきりちょろいもんだと勘違いしていた。でも実際は、軽食も提供しているため夕食時になるとホールも厨房もてんやわんや……。
ホール担当(俺の仕事)なんか、本来一回で済むはずの注文の取り次ぎが、まずカクテルをカウンター内にいるバーテンにさりげなく伝えて、それから厨房に入って調理スタッフにまた注文メニューを通すという二度手間だ。(しかも俺は、カクテルの名称をいまいち覚えてなくて、聞き直しを何度もやった)
そして出来あがりまでの合間にまた手際よく客から注文を受けてカクテルと料理を運んで空いた皿を引いて――。そのほかゴミ出し清掃などなど……。
また面倒なことに、テーブル席の客にはオーダーをいちいち膝立ちでとらないといけないから、数十回は繰り返された屈伸運動にさっそく腰をやられてしまった。
「でも収穫もあったなー」
それは、ホストなロッセ情報を手に入れたこと。
面接の段階でけっこう仲良くなったスタッフさんがその店のバーテンだったんだけど、店に着いて早速『合格にしてくれてありがとうございました』って声かけたら、親身になっていろいろ仕事の手順を教えてくれたんだよね。それでもしやと思って休憩時間に、銀髪で背の高い紫色の瞳のやたら存在感のあるホスト知ってますかって聞くと、クラブROSEで働いている狼聖(ロウセイ)と言う名のホストで、ここらじゃわりと有名な奴だと話してくれた。
(狼聖って――!! ビミョー…)
とツッコミそうになったのを耐えたのはあいつに感謝してもらいたい。
ロッセをもじったのか、無理やり当て字したのか……。
まぁ、漢字の意味から考えれば当たらずとも遠からず。確かに出会った当初から襲われたし、そのくせ聖職者だし、そのまんまといえばそのまんまだけど、最近は忙しくてロッセの家政婦並みの家事労働しか見てない俺としては、あのシャーベットグリーンのぴよぴよエプロン姿の方が脳内イメージとしてしっかり定着している。だから、ロッセがホストとしてどんな仕事ぶりなのかは分からないから、ただ単に俺としては<狼聖>なんていうちょっと野性味あふれる名前を聞いてププッと笑いを誘われてしまった。もちろんその場は、『へぇ、カッコイー名前ですね』なんて先輩に相づち入れといたけどさ。
このことをロッセに報告したらどういう顔をするだろうか。あからさまに嫌な顔するかな。それとも知らんぷりされるかな。どちらにしてもからかいがいがある。
思わぬところでロッセネタを得た俺は、暗い愉悦に体の疲れもすこし抜けたような感じがして、深夜の人気ない道路をさっきまでとは違ってどこかうきうきとした気分で走った。

「あれ? ロッセ帰ってきてるのかな」
アパート前まで着いた俺は自分の部屋に明かりが点いているのを不審に思って首を傾げた。
(ロッセのやつ今日は仕事だって言ってたよな。わすれもの?)
俺はどうしたのかと思いつつ駐輪スペースに自転車を置いて階段を上がった。自分の部屋の前まで来て「ただいま〜」とドアを開ければ――。
ピタッとお互いの動きが止まる。

――そこには見知らぬ男がいた。

「……ロッセ第二弾」
またかと玄関先でうんざり跪いた。かなり情けない顔になっているのを自覚しながらも顔を上げれば、見目麗しい男がこちらを向いてニコニコ笑っている。その佇まいは、器量良しという点ではロッセと同じだけれども、服装は初めて出くわしたときのロッセより遥かにマトモだった。
光沢のあるグレーのスーツ上下に黒の開襟、シルバーのアクセサリーをあしらって、長めの髪から覗く耳元にはダイヤのピアスがきらり。ホストっぽいけどホストとは言い切れない、けれども夜の仕事をしているんだろうなぁという雰囲気を醸し出していた。
で、俺の出した結論はというと――。
「ロッセの店でバーテンやってるとか?」
「…………。」
「あ、ちがった?」
「………………クククッ」
バーテンかという質問を聞き、言葉に窮していたその男は俺の顔をまじまじ見つめ、そして突然愉しげに笑い出した。そりゃもう、腹を抱えんばかり……、つーかマジで腹抱えてるよこの人……。
……そんなウケること言ったかね、俺。
微妙な気持ちで笑いが納まるのを待っていると、男は笑いを噛み締めるように手で口を覆い、涙目でさっきの問いに答えてくれた。
「近いといえば近いかな」
「やっぱり同僚なんだ」
「うん。でも同僚っていうよりは、あいつの上司、みたいな?」
「上司…」
「あ、だからって気をつかわなくていいよ。アンテロッセとは友人関係だから」
「…はぁ」
その男は笑みを浮かべたまま新しく買ったソファに腰かけた。
「それより、そんなところに突っ立ってないで早く入っておいでよ」
優雅に足を組んで手招きされる。見栄張って買った広めのソファは男によく似合って、まるでここの世帯主が男で俺の方がお邪魔しているような気分になってしまう。男は場の空気を自分に誘いこむのがうまいらしい。流されてはいかんと俺はプルプル首を振って、もてなすのは俺だと示すように「コーヒーどうですか」と聞いた。
「いいねぇ、ブラックでよろしく」
迷うことなくそう言われて、今度はこき使われているような感覚に陥る。
上に立つのに慣れている人間って、きっとこういう人を言うのね………。
所詮自分は使われる方だと、ジメジメ落ち込みながらそれでもインスタントを淹れた。
「ありがとう」
客用のカップはないのでロッセ用のマグでコーヒーを男に差し出せば、男はうれしそうに顔を綻ばせて受け取った。
「ところで、まだお名前をうかがってませんが」
「ああ、俺? フレンドリーだからてっきり狼聖(*ロッセね)から聞いてるもんだと思ったよ」
「いえ…、仕事のことはあまり話さないんで」
というのもあるし、とくにここ数日はお互いほとんど顔を合せてなかったから。
「そっか。まぁ誇りには思っても、自慢するような職種でもないしね」
男は部屋の主人のようにソファに俺を勧めると、握手を求めるように手を差し伸べた。
「俺は村瀬進二。狼聖のボスでROSEというホストクラブを経営してる。よろしくね、紺野静太クン」
「え、俺のこと知ってるんだ」
村瀬サンは頬杖ならぬ米神杖をついて、なにか思い出すように視線を逸らした。
「ホストって観察眼が重要でね。とくに俺なんかは客のことだけでなく従業員のコンディションにも目を配っていなければならないんだ」
「……それは大変ですね」
「そうそう、狼聖なんかは休みが多いわりにあれで稼ぎ頭の内の一人でね。俺もなんだかんだ目を掛けてるわけ。その狼聖が前回のトリップ前には感じられなかった、どこかこっちの生活を楽しんでる風が見て取れたから、これはプライベートでなにかあったんだろうと思ってね。それに最近になって早朝営業に出なくなったから、もうぜったいこれはなにがなんでも女が原因だとあいつにそれとなく聞いてみたんだ」
「すみませんね、男で……」
「いやいや、幸せそうでなによりだよ」
「……シアワセそう?」
「あれ、ちがった? あいつ、こっちが聞いてないことまでペラペラいろいろ話してくれたから、てっきりつき合ってるものだと思ってたんだが――」
「ち、ちがいます!!!」
エッチしたという後ろ暗さから冷や汗をかきかき、どもりながらもなんとか否定した。
「べつに男同士でも差別しないけど」
「ルームシェアしているだけですよっ」
言った側から視界に入った寝室に、ルームシェアでベッドが一つはおかしいだろと心のなかでツッコム。
「ククク……。ま、そのことに関しては保留にしておくか――」
とりあえず、無罪放免(?)になったらしい。俺はかくんと首を落として溜め息をついた。
はぁ…、カモフラージュでベッドもう一つ買おうかなぁ。でも、いまのところロッセとは寝る時間帯がほとんどかぶらないから一つのほうが合理的だし……。だいいち場所とるもんなぁ……。だったら布団だけでも買っとくかぁ? 客用に置いておいたらいいし―――。
あれこれ考えていると不意に、頭上から酷く冷静な声が聞こえてきた。
「同棲の件はさておき――、静太クンは『トリップ』とか『こっちの生活』なんて聞いても驚かないんだ?」
急な話の転換に戸惑って顔を上げる。
「え…?」
そして村瀬さんの顔を見て……、固まった。
ついいままで人好きのする笑顔を浮かべていたのに、すっかり表情を失くして鋭い視線を俺に向けていた。
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