HAPPY SWEET ROOMT------02 実演訪問販売デスカ

HAPPY SWEET ROOMT

02 実演訪問販売デスカ

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「ふわあああああああ…」
目覚め一番に大欠伸を盛大にやって、俺は布団を捲りあげた。
あぁ、眠い。なんだろ、この微妙な気だるさは―――。カラダ全体が重いような、逆にスッキリしたような、変な感じだ。
ガバッと起こした上半身を半回転させて足をベッドから床へと下した。
「へ? なぜハダカ?」
ひんやりした空気が素肌をなでるのに気づいて、眠気で働かない頭をぼりぼり掻く。
えっと昨日ここに引っ越してきて、とりあえず寝られる状態に片づけて、で、飯食って―――。

ジュウウウウウウウウッ。

「ジュウ?」
なにかを焼いている音が聞こえて、俺はまともに開けていない瞳をキッチンに向けた。
「……外人さんがいる」
キッチンには明らかに天然の銀髪なガタイのいい男が立っていた。そのお兄さんはコンロの前でなにやら炒めものをしているらしい。ここからでは後ろ姿しか見えないけれど、フライパン返しを持って腕を前後に動かしいるのは分かる。
飯作ってんだよなぁ、きっと。朝早くからゴクロウサ、ン……。
…………………。
……………………………………………。
――――――――――――――!!!!

「なんでぇえええええええ!!!!」

半開きだった目蓋が一気に百二十パーセント全壊、いや全開した。
しかし俺の大絶叫に外人さんはまったく動じることなく、器用にフライパンのなかのウィンナーを宙で返した。そして、ひと呼吸遅れていただいたお返事はというと―――。
「なにが」
それだけかいっ!! 思わず心のなかでつっこむが、外人さんはウィンナーをフライパンのなかでシャカシャカひっくり返すばかりだ。
なんであんたそんなに冷静なの俺の雄叫びに対して小鳥のさえずり程度にしか反応しないってもっとなにかリアクションあるでしょ大声出した自分が恥ずかしいじゃん。
いくら外人さんが平然としていても、俺のパニック状態はそう易々とは収まらない。
それにさ―――。
「日本語!!??」
なんで俺の部屋にハーフの外人さんが!!
……つっこみどころがズレてるって言いたいのは分かるよ。でもさ、いつもならハーフの外人さんなんてフーンて思って終わりだけれど、突発的な事態に陥った(と思いこんでいる)俺にとってはそれだけでも重要事項とばかりにショックを受けたわけ。
俺は抜け出した布団に再び包まった。
入居後即行泥棒?? なわけないな、派手に音立ててお料理なんてありえないし。じゃ、フライパンの訪問販売とか!? ……でも寝てる間に実演なんてないない。―――というか営業マンて感じじゃないし格好自体おかしいよな、あの人。シャツにトランクスのみで、その上からエプロンって……。ひとの部屋でくつろぎすぎだよ、あんた。
もぉおおおおおおおっ。だから何者だよ、あの人!!!
俺はぐしゃぐしゃ頭をかき混ぜた。
―――落ち着け落ち着け、冷静になってなんでこんな事態が目の前で繰り広げられているのか思い出すんだ。さっき昨日の晩飯食ったところまで思い出したよな。それからだ。それから……、そうだっ、疲れたし早めに寝ようとしたんだ。だから軽く風呂入って、缶チューハイ一本飲んで(※未成年はだめよ)。そんでもって、布団に入ってうとうとしてた……ら…――――――!!!!
俺は素っ裸のままベッドの上に仁王立った。

「アアアアアアアアアアアンテロッセ!!」

昨夜の摩訶不思議な現象が急にガンと殴るような勢いで頭のなかを占拠する。

『お前は誰だ』
『この部屋が私の世界とお前の世界を結ぶポートになっている』
『彼女ができるまで私がお前の相手をしてやろう』
『同棲しよう。家賃は払う』

おお思い出した……。昨日アンテロッセが俺の目の前に竹の子みたく突然ひょっこり現れて、彼女いないからって賃貸料だからって布団のなかで組んづ組まれつ……、ひょえー。
普通なら、一晩寝ただけで忘れるかぁあんなこと、という感じだけれど、自分の身に起こった事実があまりに突飛で急激で膨大で海馬の容量オーバーで、そりゃ無意識に記憶放棄するよな……だ。
「なんだ。というかアの数が多すぎ。ロッセで構わないと言っただろう」
ロッセはご丁寧に訂正をして、ジュージューおいしそうに焼き上がったウィンナーを皿(よく見つけてきたな…)に乗せた。
「ロ、ロッセ」
「ん? だから、なんだ。………それに、そんな格好で恥ずかしくないか」
ちらりと視線だけ寄こして、今度はパック入りのサラダをウィンナーの横に移す。
「べべ別に男同士だろ?」
「まぁ、それはそうだが……。しかしドット模様はなかなかそそられるな」
「ドット?」
「点々」
「テンテン…」
ロッセに指差されて俺は自分のカラダを見下ろした。そこには映像では何度か見たことあっても、現物は初めてお目にかかる代物(※キスマークね)が多数散乱していた。
「ぎょへぇおぁああああああっ!!!」
「起きるのかまだ寝るのかはっきりしない奴だ」
慌てふためいて布団のなかにまたもや突っ伏した頭上からロッセの呆れた声が聞こえてくる。が、それはそれ。そそるなど言われてまともに顔を合わせられる奴の方がおかしい。
俺は布団から顔半分だけニョキッと出した。
「これ全部あんたが付けたんじゃないかっ」
非難轟々の殺人光線並に睨んだけれど、やさしげに目を細めたロッセにふんわり微笑まれてしまう。
「ああ、だから尚更だな。また抱きたくなる」
「っ!!!」
なんであんたはそういうことをサラリとぉ!!!
俺の顔からザーザー猛烈なスピードで血の気が失せていくのが分かる。あああ、顔青くなってる。ぜったい真っ青だよ。
意識のぶっ飛びそうな俺を尻目にロッセは小刻みに肩を揺らした。
「冗談だ。それより朝食の用意が出来たぞ」
冗談かよぉ…。俺は胸に手を当ててモフッと枕に顔を埋めた。
「……心臓に悪いからやめてよ」
「ハハハ、それは悪かった。お詫びと言ってはなんだが、起きたのなら顔洗ってそこに座れ。温かいうちにどうぞ」
「え、俺の分あるの?」
俺がきょとんと顔を上げると、ロッセはもちろんだとまた笑ってカップにこぽこぽお湯を注いだ。ティーバッグ入りのカップから紅茶のいい香りが漂う。いかにも朝な光景だ。
初めての出会いは暗がりのなかだったけれど、今朝は天気がよくて白く部屋のなかを照らす朝日がロッセの姿を浮き立たせる。
ああ、やっぱり綺麗だなぁと思った。昨夜もいい男だったけれども、光のなかで給仕するロッセも素敵だ。地味な部屋でもロッセがいるだけで極上の空間に錯覚する。
寝転がったまま観察していたらロッセの視線と重なった。
「どうした。やはり誘っているのか」
ロッセはやかんをコンロに戻すと俺が寝そべるベッドに近づいてきた。心なしか妖しいオーラが発散されてるような……。
や、やばいかも?
「ちち、ちがうよっ。ほら、気持ちは起きようと思っても、カラダがなかなか起き上がれないってことあるだろ? それだよ、それ!」
「そうか? 昨夜はいつもより抑えたつもりだが……」
「……抑えたって………うわっ、わわ、ちょっと、なんだよっ」
ロッセは俺をシーツごと抱き上げた。片腕で軽々とまるで幼児を抱えるみたいにされて腰がぐらぐらふらつく。しかも上背のあるロッセより更に目線が高くなって、怖くて銀髪頭にしがみついた。
「起き上がれないんだろう? だから運んでいるまでだ」
「そんなのいいって! 大丈夫だから!!」
「なに、遠慮するな」
「遠慮しますぅうううう、って、あれ?」
ロッセは洗面所の前で俺をすとんと下した。
「そんなに遠慮する距離じゃないだろう。早く顔を洗う」
「う、うん」
ロッセはくるりと踵を返してテーブルに着き、俺は鏡を覗きこんで歯ブラシを取った。そのままシャコシャコぶくぶくガラガラやって顔を洗い、スウェットを着てロッセがそこに座れと指示した席にちんまり座る。
「料理できるんだ」
目の前に並べられた料理を見て、口が笑みで緩む。うーん、うまそうだ。
「……できるって言われるほどのものでもないさ」
今朝のメニューはサラダにウィンナーにトーストに紅茶。確かに手が込んでいるとは言えないけれども、何も用意してなくてコンビニ行くしかないと思っていた俺にはありがたい。
「俺にとっては充分なメニューだよ」
お行儀よく手を合わせてウィンナーをフォークで刺すとロッセを見上げた。
「うまいこと言うな」
「本当のことだって」
「まぁ、料理は……出来ると言えば出来るんだが…」
口ごもったロッセの整った顔が困ったように歪んだ。
「だからデキルんだろ?」
「いや…。向こうの世界の調味料とこっちのとではまるで違う。だから出来るかと言われれば、向こうでは出来るがこっちではあまり自信がないとしか言いようがないな」
―――ああ、そうか…。
俺はウィンナーを口に放り込んで、モグモグやりながら昨日のことを思い出した。
そうだよなぁ。すっかり頭から抜けきっていたけど、ロッセは異世界人じゃん。単なる外国人じゃない。文化や食習慣がまるっきり違って当たり前。……まぁ、俺の知らない海外の調味料なんかまだまだたくさんあるとは思うけど。
「それに―――」
ロッセはたぶんあっちの景色を思い出しているのだろう、遠い目をして俺の向こうに視線を彷徨わせた。
「向こうの野菜や穀物はこちらほど品質が良くないうえ味が落ちる。だから、なんとかおいしく食べられるようにと様々な調理法があるし、皆料理ができて当たり前だ。けれども、こちらの食材は品質がいいし加工技術も高い。あまり手を加えなくてもおいしいから、料理の腕がなくてもとくに問題ない」
「貧しいんだね」
俺は思ったまま口にした。きっと貧しいから、味云々の前にまず食べれるものを作るのが先決だろうし、貧しいから、政府自体も農作の技術提供できる機能がないんじゃないかと思って。
「―――――どういう…」
「ロッセの世界が……というか国かな」
答えるのを戸惑うようにロッセはすこし逡巡した。
「……そうだな、セイタの言うように私の国は貧しい。……それもあって、私はここにいる」
視線を落としたロッセが寂しそうに微笑む。そして、俺と同じようにウィンナーを口に運んで、うまいと小さく呟いた。
そんなロッセを見ながら、どういうことかなと考えを巡らせる。確かロッセは神官だと言っていた。けれども、いくら女遊び(?)したかったと言っても、普通に考えて立場上そう簡単にこの世界に来れたとは思えない。それに映画なんか観てたら、時空を超えるってけっこう大ごとだよなぁ。あくまで仮想だから現実とは異なるとは思うけど。
そもそもなんでロッセはここに来ることになったんだろ。なにかキッカケがあったのかな―――。
気になったら止まらなくって、ロッセに尋ねかけようとした。けど、うつむいたその表情はあまりに固くて……。開きかけた口を噤んだ。
「ねぇ、ロッセ。このトマトおいしいよ?」
代わりに俺はにっこり笑いながらトマトを頬張った。大きめにくし切りされたトマトの角がほっぺたにコブを作る。
「まるでリスだな」
ロッセはぎこちなく笑うと、腕を伸ばして俺の頬を指先でつんつん突いた。たとえ固い笑顔でも嬉しくて、また一つトマトを頬張る。両頬が膨らんでロッセがまたおかしそうに笑った。
「ロッセの世界にはリスはいるの?」
「似たような動物ならいる」
食べながらもごもご言ったけど、ロッセには通じたみたいで、それがまたおかしかったみたいで、くすくす笑いながら答えてくれた。
世界が違えば、食べ物だけじゃなくやっぱり動物も違ってくるよなぁ。あ、でもロッセが俺たち人間と姿形が同じでよかった。テレビでよく観るエイリアン型だったら俺ぜったい逃げてる。
「へぇ、一度見てみたいな」
「ああ、機会があれば見せてやる」
「ほんと!?」
ロッセの世界に行けるかもと思うと嬉しくなって身を乗り出したら、『もちろんだ』とうそのない煌びやかな笑顔を向けられて、少しドキドキした。
やっぱりあんたカッコ良すぎだよ。
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